第二章〜別世界〜


 人に限ったことではないが、動物というのは不思議なもので、下がることや、
降りることは難しくても、上がることは簡単なのだ。一番いい例えで言うなら、
高い木に登ることができる猫も、降りることとなれば、高すぎて降りれなくなってしまう。
 今の私がまさにそれだった。
「なんで、楽に上がれるかなぁ・・・」
 そんな私は、先ほど会った少年と共に落ちかけた階段を上がっていた。
「ん?どうかした?」
「え!?いえいえ!なんでもないですよ!?」
少し上り、現在5階の階段を上がる。
そして、目の前には頑丈な鉄の扉があった。
「よっと」
 少年は、見るからに重そうな扉を、肩を当てて押し開けた。
ぎぎぎ・・・ぎぃ・・・
錆びた音ともに光が中に差し込み、
「あ・・・」
 そこから先への風景に、私は目を奪われた。
 屋上はなんてことのない、フェンスに囲まれた平らな場所だった。
 だけど・・・
「・・・・」
 声が・・・出せない。だって、私が知ってる町の風景はもっと、
いつもと一緒で、全然面白くなくて、こんなにも・・・・こんなにも・・・
私が声を失う景色が、風景が、フェンスの向こうへと広がっていた。
 普段見慣れたあの交差点、学校も、つらい坂道も、
見知った世界が上から見下ろすとまったく別の世界に変わっていた。
別世界。
「すご・・・い」
 私は知らずのうちにフェンスまで歩き、その世界を見下ろす。
「すごい・・・すごい!!」
 少年は私を見て、「そうだね」と嬉しそうに言って微笑み、私は初めて見る世界に喜んだ。
 学校の窓から眺める風景よりも、家から見る景色よりも、ずっとずっと新鮮で、綺麗で、
どこか懐かしさがあふれて、私は少年の手を握って、
「ありがとう!」
 子供のように握った手を上下に振り、少年は少し困った顔をしながらも、「いえいえ」といった。
「って、あわわわわわ!!」
 そして、我に返って赤面。わた、私は初対面の人に何してるんだぁああああああああ!?
「ごめんなさい!ごめんなさい!!」
ぱっと手を離し、骨折してる足をなんのその、急速緊急回避!!足を引きずりながら、5歩ほどさがり、謝る。
「あ、あはは・・・まぁ落ち着いて」
「ははは、はいいいい!」
 落ち着け私!落ち着け私・・・そうだ素数でも数えておちつけー!!!
 2、4、6、8、って全部われちゃう!?いーやぁあああああ!!!???
 深呼吸!深呼吸だ!それしかない!!!
「すーーーーはーーーー・・・・・はぁ・・・」
「落ち着いたかな?」
「な、なんとか・・・」
 まだ、心臓バクバクだけどね!
「まずは、君をここに連れてきてよかったよ」
「あー・・・えーと・・・その・・・樫木です」
「あ、樫木さんね、そういえば自己紹介してなかったね」
 少年は思い出したかのように、手を叩くと、くるっと演技じみた動きで、
肘を曲げて腰を屈めて上半身を前に少し倒して、まるで執事のように言った。
「どうも、初めまして、小田島 幸助です」
「え?イギリスぽくな・・・じゃなくて、初めまして、樫木 美耶子です」
「ははは、まぁ確かに祖父がイギリス人なのに普通の日本人の名前ですね。」
と、幸助はいって、でもっと続けた。
「郷に入りては郷に従えってあったじゃないですか、それもあってこうなったんですよ」
「そうなんですかぁ・・・」
 美耶子はまた、外の景色に視線を戻す。
 時間が時間なのだろう、小学生の児童達が黄色い旗を振り回しながら列を成して帰っていた。
その旗には交通安全の緑の文字が書かれており、美耶子はぼーっとそれを見ていた。
「懐かしい・・ですか?」
「そうですねぇ、昔の自分はあんな風に無邪気だったのかなぁって思ったんですよ」
「僕は昔、無邪気といいますか、もっとワンパクでしたよ、公園でみんなと一緒に、缶蹴りや鬼ごっこやりましたねぇ」
 幸助も外を見下ろしながら、昔を思い出した。地域や地方によってルールの違う、
通称「ドロケイ」。警察と泥棒をじゃんけんで決め、互いに陣地を設ける。泥棒は警察の陣地にある『宝』を取りにいき、
宝を自分達の陣地に持って帰れば勝ち。逆に全員タッチされて捕まれば負け、といった感じだ。細かなルールも多々あるが、
泥棒になれば、宝を取るために、隠れたり、敵を先導したりと、頭脳プレイを展開できるし、警察になれば、仲間とともに囲んだり、挟み撃ちにしたりできる。
 まぁ、今そんなことをする元気はないのだが。幸助は苦笑いし、横で下を見てる美耶子に気になってることを聞いてみた。
「ところで、どうして外に行きたかったのですか?」
すると、美耶子は急に慌て出し、あの、それは・・・えっと・・・と口ごもりながら、
「いや、ちょっと・・・風にあたりたいなー・・・なんて」
「へぇ、風にねー、でもあんまり良いものでもないよ、この東塔の風はね・・・」
「え?なんで?」
 急に声のトーンが下がり、ここ東塔はね・・・と幸助は続けようとしたが、
「いや・・・いいか」
 はぐらかす様に打ち切ったのだった。


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