『赤ずきん』 の姿



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本質
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赤ずきんちゃんほど世界中で愛され親しまれている少女が他にあるだろうか。   

この少女の物語を知らずにおとなになった人がいるとは思えない。
多くの人びとがこの少女の魅力に憑かれ、
研究者たちはその源を探り、分析医たちは解釈を試み、
作家たちはそれぞれ自分なりにこの物語を書き換えた。

わたしたちは、どうしてこんなにもこの少女が好きなのだろう。
私は「赤ずきんがよい子で、しかも誘惑に弱いからだ」と考えている。
「よい子」で、しかも「誘惑に弱い」からこそ、愛されるのではないだろうか。

グリム兄弟は自分達が生存中に出版された第7版までのグリム童話において、
罪的な表現をどんどんと削らざるをえなかった。

結果、民間伝承として育まれてきた物語は、どんどん姿を変え、
狼だけが常に物語の悪を一心に背負う内容へとなってしまったのだ。
元々は子供だけに向けて作られた訳ではない、子供と家庭のための物語。

それが『赤ずきん』が当初持っていた本質だったのだが。


『赤ずきん』の原型は、中世末期頃に生まれ、
16、17世紀まで、フランス、チロル、北イタリアに
広く伝わっていた警告物語であると考えられている。

1697年になって、シャルル・ペローがそれを上流階級向けに書き換えたのである。
更に、1812年にグリム兄弟(ヴィルヘルム・グリム ヤーコプ・グリム)によって翻
案され、
今日に至るまで、おそらく生まれてから300年以上経つ
この少女は、彼らがつくりあげた赤ずきん像のまま、ほとんど変化せず、
そっくりわれわれの抱くイメージで、今も受け継がれて来ている。        


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解釈
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ところで、この少女には名前がない。
メトニミック(換喩的)に「赤ずきん」と呼ばれている。
(正確にはペローの物語は『小さな赤い乗馬ずきん』、
グリムでは『小さな赤い帽子』)
『赤ずきん』の原題は『Little Red Riding Hood 』となっているが、直訳すると、
「小さな赤い乗馬ずきん」になる。

この「ずきん」は何なのか。どうしてそれは赤いのか。

近代以降の物語には、色がふんだんに書かれているが、
しかし昔話には、あまり色が登場しない。
いわば、骨格が書いてあるだけで、腕を切られても、
血が出たとも痛いとも、いちいち書いていない。

そこでは腕が切られた、というその意味だけが大事なのであり
『赤ずきん』や『白雪姫』といった具合に、
象徴的に赤や白が示してあるだけなのである。

『古事記』のころには、色を記述する言葉が3つ程しかなく、
色の分類が非常に少なかった。

しかし、その中でも、白や黒、赤や青といった色は
丸や三角、四角のように、原型的な意味をもっていたと考えられる。

ドイツのフライブルクにある地方では、日本の「節分」に似た春を迎える祭りが
行われるのだがこの時、少女に赤いずきんを纏わせる。

この衣装は、ドイツ南部の「黒い森」に近いこの地方では魔女を意味している。

精神分析学的に解釈すると「赤いずきん」は月経のシンボルであり、
少女が未熟ながらも
大人の女の仲間入りをして性的問題に直面していることを象徴する。

「ころんで、ワインの瓶をこわしてはいけない」 
と、いう母親の注意は処女喪失に対する注意である。

これらの解釈からこの『赤ずきん』の物語が、
警告物語であった事がうかがえるだろう。        


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原・赤ずきん
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ペローの『赤ずきん』は大ヒットし、更にグリムによって様式化されると
そのバリエーションは、それを上回る勢いで世界中に広まり、
文学的おとぎ話としては
むしろ例外的なことだが、ふたたび民衆の口承伝統のなかへと入っていって、
原型となった伝承物語を駆逐しつつ、
世代から世代へと語り継がれることになるが、
『原・赤ずきん』のほうも、細々ながら、ペローおよびグリムの影響を免れて、
語り継がれている。


---- 昔あるところにひとりの女のひとが住んでいました。
その女のひとはパンを焼いて、娘に言いました。
「この焼きたてのパンとミルクをおばあさんのところに届けてちょうだい」
それで女の子は出かけました。
道が二つに分かれているところで、女の子は人狼に会いました。
人狼は女の子にこう言いました。
「どこへ行くんだい?」
「この焼きたてのパンとミルクをおばあさんのところにもっていくの」
「どっちの道を行くの? 針の道、それともピンの道?」
「針の道にするわ」
「そうかい、それじゃわしはピンの道を行くとしよう」
女の子は夢中になって針を集めました。
その間に人狼はおばあさんの家に行き、おばあさんを殺して、
その肉のかたまりを戸棚のなかに入れ、
血は瓶にいれて棚の上におきました。

女の子がやってきて、戸をたたきました。
「戸を押しておくれ」人狼は言いました。
「濡れた麦藁が一本引っかかってるんだよ」
「こんにちわ、おばあさん。焼きたてのパンとミルクをもってきたわ」
「戸棚のなかに置いておくれ。中にある肉をお食べ。
それから棚の上にあるぶどう酒をお飲み」

女の子が肉を食べてしまうと、そばにいた子猫が言いました。
「うへー! 自分のおばあさんの肉を食べて血を飲んでしまうなんて、
なんてひどい娘っこだ」
「服を脱いで、わたしといっしょにベッドにおはいり」
「エプロンはどこに置いたらいい?」
「火にくべておしまい。もういらないから」
女の子は洋服、ペチコート、長靴下を脱ぐたびに、
どこに置いたらいいのかたずねました。
人狼はそのたびに、「火にくべておしまい。もういらないから」と答えました。
女の子はベッドのおばあさんのとなりにもぐりこむと、こう言いました。

「まあ、おばあさん、なんて毛深いの!」
「このほうがあったかいんだよ」。
「まあ、おばあさん、なんて爪が長いの!」
「かゆいところがよくかけるようにさ」。
「まあ、おばあさん、なんて大きな肩なの!」
「薪をかつぐためさ」。
「まあ、おばあさん、なんて大きなお耳なの!」
「おまえの話がよく聞こえるようにさ!」
「まあ、おばあさん、なんて大きなお鼻なの!」
「タバコの匂いを吸うためさ」。
「まあ、おばあさん、なんて大きなお口なの!」
「おまえを食べるそのためさ」。
「でも、おばあさん、おしっこがしたくなっちゃった。外に行ってもいいでしょ?」
「ベッドのなかでしちゃいなさい」。
「でも、おばあさん、お外に行きたいの」。
「わかったよ、でも急いでするんだよ」。
人狼は女の子の足にひもを結びつけて、外に出してやりました。
女の子は外に出ると、そのひもを庭のプラムの木に結わいつけました。
人狼はじれったくなって言いました。
「おまえ、そこでしてるの? まだしてるのかい?」
答えがないので、狼はベッドからとびだし、
女の子が逃げてしまったことを知りました。
あわてて女の子を追いかけましたが、
女の子はすんでのところで自分の家に逃げ込みました。


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様式化
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一方、ペローはこの民話を上流階級向けに書き換えたのだが
その中では、次のように書かれている。




---- むかし昔、あるところにちいさな愛くるしい女の子がありました。
ある日のこと、おかあさんが赤ずきんに言いました。

「赤ずきんや。おばあちゃまが、ご病気だそうよ。
どんな具合だかお見舞いにいって来て下さいな。
ビスケットとこのバターの壷をもって行きなさい」
おばあさんは、よその村に住んでいました。
赤ずきんが、森に差し掛かった時、ばったり狼に出くわしました。

「こんにちは、赤ずきん」
「ありがとう、おおかみさん」
「赤ずきん、どこ行くの、こんなに早くから」
「おばあさまんとこよ」
「なにもってるの、まえかけの下に」
「お菓子とぶどう酒よ。昨日やいたの。
これ、病気でよわっているおばあさまにいいのよ」
「どこ、おばあさんのおうちは」
「森のずうっと奥のほう、まだだいじょうぶ15分はかかるは。
大きなかしわの木が3ほんあって、この下におばあさまのおうちがあるのよ。
下には、はしばみの生垣があるわよ。おおかみさん、ちゃんと知ってるじゃないの」

狼は考えました。
「若くって、やわらかい、こいつ、脂がのっていて、うまいぞ、こいつあ、ばばあよ
りずっとうめえや。
いちばん、なんとかだまくらかして、
2匹とも、ぱっくりやっちまう算段をするにかぎる」
この狼は、赤ずきんを食べたくて仕方ありませんでしたが、なかなか手を出しかねて
おりました。
といいますのも、森では樵たちが働いているからでした。

「ねえ、赤ずきん、ちょいと見てごらんよ。
そこいらじゅうに咲いているきれいな花をさ。
どうしてまわりを見ないの?小鳥があんなにおもしろい歌をうたってるのが、
赤ずきんにゃてんできこえないんだねえ」と言いました。
赤ずきんは「とりたての花束をおもやげにあげたら、
おばあさま、きっとお喜びんなることよ。
こんなに早いんですもの、だいじょうぶ、おくれずにむこうへ行かれるわ」
と、考えて、森の横道へ入り込んで、色々の花をさがしはじめました。

ところで、狼のほうは、そのまま、まっすぐにおばあさんのおうちへ行くと
おばあさんを、ぐいぐい、鵜呑みにしてしまいました。
赤ずきんが、おばあさんのとこへ行ってみると、
中の様子がいつもと変わっているような気がして

「まあ、どうしたのだろ、今日に限って、なんだか気味が悪いこと。
いつもは、おばあさまんとこへ来る嬉しいのにねえ。」
と考えました。
すぐ、寝台のところへ行ってカーテンをあけてみましたら、
おばあさんが、ずきんを顔のほうまでかぶって、
奇妙な格好をして寝ていました。

「あらまあ、おばあさま。おばあさまのお耳、おっそろしく大きいのねえ。」
「だから、おまえの言うことが、よくきこえるのにさ。」
「まあ、あばあさま、おばあさまの目、ずいぶん大きいのねえ。」
「これでなきゃ、おまえがよく見えやしないやあね。」
「まあ、おばあさま、おばあさまのお手々、ばかばかしく大きいのねえ。」
「これでなきゃ、おまえをうまくつかめやしないやあね。」
「だけどねえ、おばあさま、おばあさまのお口の大きいこと、あたし、びっくりし
ちゃったわ。」
「これでなきゃ、おまえをうまくたべられやしないやあね。」
そう言うが早いか、この性悪の狼は赤ずきんに飛びかかり、
すっかり食べてしまいました。


ペローと、先の物語とを比べてみると、ペローが「カンニバリスム」(人喰鬼)と
「ストリップ」を削除したことがわかる。

上流階級向けに書いたのだから当然といえよう。

対象はおとなと子どもの両方であったが、どちらかと言えば、
おとなに受けるようペローは工夫している。
ペロー版『赤ずきん』はエロティックな教訓物語であり、末尾にはこのように教訓が
付されて終わっている。





ごらんの通り、年端のいかない若者は
とくに美しく愛らしく人好きのする女の子は
どんな相手と口をきいても間違いのもとになるから御用心。
狼は食べるのが商売なのだから
食べられたって不思議はないのです。 
もっとも、一口に狼と申しましても
いろいろ種類がありまして
牙をかくし、爪をかくし
御機嫌とりの、甘い言葉をささやきながら
若い娘のあとをつけまわし
こっそり家の中まで、寝室まで
押し入ってくるような抜け目のない性質のものもある。
いろいろ種類のあるなかで、
この甘ったるい狼ほど、
危険なものはないのです。              (澁澤龍彦訳)


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