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20080909A




翌朝、ボンゴレの日本支部から借りた極普通の日本車で俺たちは並盛に向かった。

俺のスーツケースの中には今日この日に絶対忘れてはならないものが入っている。

山本が車を止めたのは並盛商店街の一本裏の道。

竹寿司の裏口だった。

「ほら」

山本が車から降りた俺の背を押す。

中高生の時みたいに気安く表から入れなくて、俺が戸惑ってると山本が開けっ放しと思われる裏口の扉を開いた。

「おやじーただいまぁ」

「おう、武帰ったか!」

奥から出てきたいつもの親父さんの姿に俺は用意していた挨拶を全て忘れた。

「おっ、お邪魔しますっ」

まるで紹介されるみたいな挨拶を口にした俺に親父さんが笑い出す。

「獄寺君、いやもう隼人か。もう武の嫁さんなんだからよ」

親父さんが自分で言って照れくさそうに頭をかく。

「――ただいま」

消え入りそうな声で言ったら親父さんは嬉しそうに笑ってくれた。



竹寿司は今日は俺たちのために臨時休業だった。

それでも親父さんは朝早くから俺たちに美味いもんを食わせようといつものように仕入れに行ってくれたらしい。

今日はお祝いだと店の厨房で腕を振るっている。

手伝おうとした今日は良いんだと断られてしまった。

武は先に風呂に入りに行った。

俺は今のテーブルの上に置かれたついさっき親父さんが証人の欄にサインしてくれた、俺たちの婚姻届をぼんやりと眺めていた。

今日は平日だけれどもう夕方を過ぎてしまっているから提出は出来なくて、明日この紙切れを並盛の役所に出せば俺たちは無事入籍を終えたことになる。

左薬指に嵌るダイヤの指輪がキラリと光った。

「その、隼人」

呼ばれて、顔を上げれば目の前には前掛けを外した親父さんがいた。どかりと座り込まれて俺は慌てて居住まいを正す。

「あぁ、気にしないでくれ、な。隼人はもううちの子なんだからよ」

嬉しいなぁ、嬉しいなぁ、と何度も親父さんは照れくさそうに笑っていた。

「それでよ、本当にこっちで出しちまって良いのか?」

婚姻届を指されて、俺は頷いた。

「別に隼人がうちに嫁に来なくても武を婿にしても良かったんだぜ。俺は嬉しいけどよ。二人ともずっとイタリアで仕事するなら国籍もあっちの方が良いんじゃないか?」

真剣な顔で親父さんは話す。

確かに、俺はこの届出とあと週種類の書類を出すまではイタリア国籍を持っていて、武が俺のところに婿入りすれば二人ともイタリア国籍を得ることができる。

でも、

「俺がこうしたかったんです」

俺は親父さんにきっぱりと告げた。

もちろん10代目には事前に相談した。

10代目は笑いながら好きにしてかまわないと言ってくれた。

形にこだわるつもりは初めから無かった。だけど、俺が、山本隼人になりたかった。

「俺は良くわかんないんだけどよ、ビザとか一々取りに帰国したりとか大変じゃねぇのか?」

それでも、と言う親父さんに俺は頭を振った。

「その度にこっちに来れる口実が出来るから良いんです」

恥ずかしくなって俯いたら、頭を撫でられた。

「そうか、それは嬉しいなぁ」

親父さんが笑う。と、

「武の父ちゃんっ。頼まれもん届けに来ましたっ!」

威勢の良い声と共に休業中の札がかけられているはずの表の扉が叩かれる。

「はいよー」

親父さんが立ち上がって開けに行く。

「斉藤洋菓子店からケーキの配達ですよ」

「おう、ありがとな」

表のやり取りが筒抜けだ。

「で、なんの記念日なんです?」

「武が嫁さん連れて返ってきてんだよ」

「えっ、マジでっ。武いるんですかっ?」

「いや、あいつは今風呂行ってるけどよ、――隼人っ」

呼ばれて俺は立ち上がる。

恐らくこれが御近所付き合いというものだ。

「こんばんは」

頭を下げると目を見開かれた。

そこに居たのは武と同じ位の歳の青年。

「武の嫁さんの隼人な。こっちは武の小学校の同級生で斉藤洋菓子店の次男坊」

よろしくお願いします、と頭を下げるとこちらこそ、と返された。



親父さんの頼んだケーキは俺たちの入籍と俺の誕生日を祝ったものだった。







翌朝、俺たちは役所に出向いた後、二人きりで誕生日を過ごすために京都へ飛ぶ予定になっていた。

イタリアを出たときは単純に京都旅行だと俺は思い込んでいた。武が全部手配してくれていたのだという。



親父さんに見送られて、店の表から出ると目の前の花屋の店先にいた女の子が叫んだ。

「武にぃきたーっ」

そのとたん、商店街の店から人が飛び出してくる。

突然のことに驚く俺の肩を武が抱く。



先頭をきって走ってきたのは斉藤洋菓子店の次男坊だと紹介された青年だった。

同じ歳くらいの男達が後に続いている。

「おい、武、これっ」

立ち尽くしてる俺たちに突きつけられたのは祝儀袋。

「みんな、どうしたんだ?」

驚いて、呟く武に、

「ここの商店街のみんなからだ。銀行閉まってたからピン札じゃねぇし、小銭とかも混じってるけどよ」

結婚祝いだから受け取ってくれ、と差し出される。

確かに、その祝儀袋からはじゃらじゃらと音がしていた。

「いや、結婚式も披露宴もしねぇからなんのお返しもできねぇし、気にしないでほしいのな」

断る武に洋菓子店の次男坊はぐいぐいと祝儀袋を押し付ける。

「良いからうけとれ。たいした額じゃねぇし気持ちだから」

後ろに続く男達もうんうんと頷く。

なおも断ろうとする武の代わりに俺がその祝儀袋を掴んだ。

「気もちなんだから、な。ありがとうございます」

武に言って、皆に向かって頭を下げたらなぜか歓声が上がる。

「ん、そうだな。皆ありがとな」

やっと武が納得する。

「子供できたら見せに来いよっ」

「いつでも歓迎するぜ」

そんな声に見送られて商店街を後にする。



もう少し、ここに居たいと思ってしまったけれど、俺たちにはもう手にすることの出来ない日常だ。



引きずり込んだのは、紛れもなく自分。



今日、バックの中の書類を役所に出してしまえば永遠に俺たちは離れられなくなる。



「隼人」



呼ばれて、顔を上げる。



「俺は、隼人が生まれてきてくれて、俺の手を掴んでくれて嬉しいと思ってるのな」



微笑んで武が手を差し出す。



その手にそっとダイヤの指輪の嵌った手をのせて、握る。

握り返された温もりに、俺は幸せな誕生日を確信して微笑み返した。

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