夏の露





ひろしーとは、小学校の頃から一緒だった。

家が近所だったから、1年生の時なんかは一緒に学校行ったりしてた。

忘れもしない3年生の2学期の途中、「妹と一緒に学校行かなきゃならないから…」という理由をつけられて、学校に一緒に行けなくなった。

「ひろしーの妹ならわたしも一緒でいいでしょう?」と言ったけれど、ひろしーは黙ったまま首を横に振った。

わたしは「ひろしーのふらー!」と言って、ばっと身を翻して走ったけれど、ひろしーは追いかけてきてはくれなかった。

後で知ったけれど、ひろしーは同じクラスの男子にからかわれていたんだという。

女と一緒に学校に来てるって。
いちゃいちゃしてるって。

ひろしーはそれが恥ずかしくって、妹にかこつけて、わたしと一緒に学校に行くのを止めてしまった。

それだけの存在だったんだって、その時はとても傷ついたけれど、今思えばしょうがないことだと思う。

だってさ、子供って本当に残酷だから。

ただでさえ、ひろしーは無口でとっつきにくくて、クラスで浮いた存在だったから、 そんな風に槍玉に上がるのはつらいことだろう。

いや、わたしがそんなの耐えられない。

だから、よかったと思う。

ひろしーが無理をしないで、わたしを切り捨ててくれて。






でも、ひろしーは本当は優しいから、すっかりわたしを切り捨ててしまうことはなかったし、 ついでにわたしも切り捨てられるつもりは毛頭なかった。

わたしは、ちょいちょいひろしーのおうちに遊びに行った。

約束をしてなくても。

いつからか、ひろしーはあんまり家に居なくなった。

部活が忙しくなったようだった。

ちょこっとおうちを覗くと、妹のちゃんが、恥ずかしそうにわたしを見る。

慣れないうちは、いつもひろしーの後ろに隠れてばかりだった。

わたしが気を遣って話しかけても、返事をしてくれなかった。

ひろしーは妹にとても優しくて、わたしはやきもちを妬いた。

そのひがみみたいなものが、伝わっていたんだと思う。

いつだっただろう、ひろしーが部活に熱中し始めて、わたしは置いてかれたような気分でひろしーのうちの玄関で立ち尽くしていた時、 ちゃんが隣に来て、きゅっと手を握ってくれた。

そのひろしーの妹の手は小さくて、温かかった。

まるで、ひろしーに手を握ってもらっているようで、気持ちが温かくなった。

きっと、ひろしーの妹は、こうやってひろしーに慰めてもらっているんだと思った。

そして、わたしは、ひろしーのことがますます好きになった。



そう、わたしは、ひろしーのことが大好きだった。









ぼんやりと縁側に座るわたし。

隣に、ひろしーの妹。

ビンに入ったコーラ。

列をつなげた蟻んこ。

太陽。

風。



「ひろしー…にーにーは帰って来んねぇ」

「この頃はいっつも遅いさぁ」

「テニスはそんなに面白いのかねぇ」

「うん、いっぱい友達できたみたいさぁ」

「へーえ…」

意外だ、ひろしーに友達。

「どんな人やさ?」

「うん…なんか恐そうな人ばっかり…でも、優しい」

わたしは笑ってしまった。

そうだね、あなたのにーにーも恐い顔してるのに、大概優しいからさー、 だから、きっとその友達も、恐い顔してても優しいだろうさー。

わたしは、思わずため息をついてしまった。

寂しいこと。

わたしの知らない場所に、居場所を持ってしまったひろしーが恨めしかった。









その日は、ひろしーの妹は不在だった。

でも、玄関は開いていた。

「無用心だよ」

わたしはぶつぶつと言いながら、ちゃっかりおうちの中に入った。

「お邪魔しますよー」

おーい、ひろしー…と言いながら、靴を脱ぐ。

と、大きなひろしーのテニスシューズが目に入った。

土で汚れてる。

無造作に脱ぎ捨てられたそれ。
ひろしー、帰ってきてるんだ。

わたしは、ドキドキしながら、居間へと向う。

勝手知ったる他人の家だ。

汗をかいたグラスがひとつ。

中の氷はもうほとんど溶けてしまっている。

ふうむ、ひろしーはここで何か飲んで、自分の部屋に行ってしまったらしい。

では、ひろしーの部屋にお邪魔するまでだ。

部屋と言っても鍵がかかるわけでもなく、廊下をちょびっと歩いて突き当たったふすまを開ければ、それがひろしーの部屋。

「ひろしー、いる?」

わたしはふすまの前で声をかけた。

いくらなんでも突然ふすまを開けるのは礼儀知らず過ぎると思ったから。

「…っ!」

ふすまをノックするのも変だなぁ…と思いながらも、トントンとしようとした時、ひろしー呻き声のようなものが聞こえた。

「どうした?!ひろしー?」

わたしはふすまに手をかける。

「開けるな!!」
//
怒鳴られた。

わたしの手がびくっと感電したみたいに震えた。

ひろしーのそんな声、初めて聞いた。

恐かった。

こんな恐いひろしー初めてだ。

「ひろしー…そんな怒らないでよ…」

謝るなんて理不尽だ、と思いながらも、わたしは謝ってしまってた。

、今日は帰れ」

「えー…」

どうして?なんで?どうして部屋に入っちゃいけないの?今までそんなこと言ったことなかったじゃない、 そんな風に、わたしを拒否したことなかったじゃない、なんで?なんで?

ひろしーをそうやって問い詰めたい気持ちでいっぱいになったけれど、それよりも、 今までに見たこともないひろしーの姿にわたしはショックを受けてしまって、 息がつまってしまって、何も言うことができなかった。

ひろしーのふらー!!

そう叫んで、走って去れたらどんなに良かっただろう。

でも、わたしは手をぎゅっと握って、そこに立ち尽くすことしかできなかった。









モドル







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