なんだ、ほんとは、して欲しかったんじゃない―

そう言われたら、殴ろうと思っていた。

本気で殴ろうと思っていた。

その行為が、何の意味も持たないということは分かっていたけれど、 俺のプライドを保つ為には、どうしても必要なことのように思えたから。

きっと、あの女は、黙って去っていくだろう。

取り残される俺に、プライドなんか、ひとかけらも、残ってはいないだろう。









沸点








予想に反して、は黙ったままだった。

「やれよ」

どうしようもなくなって俺がそう言うと、あどけないと言ってもいいような表情を見せて、 が笑った。


なんで、そんなふうに笑うんだ。


抱き締めそうになった。






カギのかけられた部室。

部活は休みだから、誰も来たりはしない。

だから、を呼び出した。

なんで、こんなことしてるんだ?

誰にも聞こえないように周りを気にしながら、ざわつく教室で、俺は、に話し掛ける。

―放課後、テニス部の部室に来いよ

鼻で笑われるかもしれない。

やめればいい、そう何度も自分に言い聞かせて、それでも、思い止まれなかった。

どうしても、カラダの奥に残る熱を、醒ますことができなかった。

どんなことをしても、誤魔化せなかった。

この自分の中の欲望から、目を逸らすことはできなかった。






窓も締め切った埃臭い部室の中で、俺とは向かい合ったまま立っていた。

エアコンが小さな音を立てて、埃を舞い上げる。

「そこ」

が指差す。

の言うままに、俺は指差された長椅子に浅く腰掛けた。

が床に跪く。

膝が汚れる、と、思った。

と同時に、その姿に、俺は、欲情した。






の手が俺の膝に置かれる。

少し力がかかる。

背を伸ばして、が俺の首筋に唇をつけた。

熱い吐息と柔らかい感触。

手を握りたいと、思った。

その、の手は、俺の太腿を摩りながら内股の際どい部分まで行っては戻る。

は、心臓の音を聞くように俺の左胸の下辺りに顔を寄せた。

それから、ゆっくりと移動して、俺の太腿の上に頭を乗せる。

まるで、幼子のようだ。

頭を撫でようと腕を持ち上げると、が言った。

「ダメだよ」

今更…

「イマサラ…か」

「そうだよ」

本当に小さな声で、は言った。






投げ出した俺の腕は、動かない。

がカチャカチャと音を立ててベルトを外す。

ボタンを探る指先が、綺麗だと思った。

ファスナーを下ろす音が静かに、でも確かに部室内に響き渡る。

俺は腰を浮かす。

衣擦れの音がして、制服のズボンが脱がされる。

ベルトの金属部分が、床に当たって耳障りな音がした。

俺の不安な手が、の手を求めていた。

俺は目を閉じた。

何も見えなくなった闇の中、ただ腿の内側にあたるの熱い吐息だけが存在していた。

ふいに、恐怖、に襲われる。

振り払われてもいいから、の手に触れようとした時、の手が、俺のそこに触れた。

慈しむような、その手の動き。

新しい熱が生まれる。

の舌が、俺のその周辺を舐める。

手は、そこを撫で回しながら。

俺のカラダから、力が抜けてゆく。






目を開けていられなかった。

だらしなく下半身を露出させた俺と、制服を着たままの

その光景を想像するだけで、吐きそうになる。

の手が、俺の腰を軽く掴んで、それからその唇が、俺をそっと包み込んだ。

吐き気と、快感が一緒に俺に訪れる。

俺は、天井に向かって、ため息を漏らす。






温かくぬるぬるとしたものに包まれている。

の舌が俺を舐め上げる度に、背中をゾクゾクと何かが駆け上がる。

すっぽりと口の中に収められて、弄ばれて、意識が飛びそうになる。

キツク吸い上げられて、地面に叩きつけられそうになる。

呻き声が出そうになって、歯を食いしばる。

爪が、勝手に、革張りの椅子の表面に突き立てられていた。

も、一言も発さない。

ただ、鼻で呼吸する音だけが、かすかに聞こえた。

それよりも、自分の呼吸音が大きく聞こえて、俺は、思わず、手で顔を覆った。

「あとべ」

が、そう言った。

俺は返事をしない。

も、それ以上は何も言わず、再び、行為の続きを始めた。






もう、荒い呼吸を隠すことはない。

の舌の動きに翻弄される。

口がギリギリの所で留まって、それから、また、戻ってくる。

「…っく」

もう、抑えることができなかった。

その時、
その手を俺の手に重ねてきた。

次の瞬間、強く吸われた。

「アッ…!」

目の前が真っ白になった。









は、後処理まで完璧だった。

俺が出したものを飲んでしまって、残ったものまで吸い出すみたいにして、それからティッシュで丁寧に拭いた。

ぼんやりとしたまま、俺は脚を投げ出していた。

そんな俺を、は真直ぐに立って見下ろした。

髪の毛をかきあげて、笑うこともなく、俺を見ていた。

俺を軽蔑したふうでもなく。

ただ、見ていた。

俺は、そんなに、何も言う言葉が見つからず、同じように、ただを見上げていた。









恋していた。

好きだった。

その時の俺は、そういう言葉を、見つけることができなくて、黙ったままだった。









end.

モドル







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