七 夕




涙がゆっくりと頬をつたってく感覚に気づいて博士は目を覚ました。



ホムラ「そろそろ、目覚める頃だと思ったぜ」


小さくホムラの声がした。

(え…、)

複数の違和感。

博士はこの目覚めの状況についてまるで分かっていなかった。

まず普通の起床じゃない、眠ったから起きたというのではない。

手足が動かない、身体にいろいろなものが括り付けてあり自由ができない。

…少しぼうっとしてたが、一番の違和感に気づく。

自分が寝ているすぐ傍に…ホムラがいるという。


ホムラ「医務室だ」


空調が静かにまわってる。

そうだ、ここは医務室なのか。

医療用の機材が並んでるし、点滴の管が自分にのびている。

だんだんと意識がはっきりしてきて現状がわかってきた。

バトラーはここの寝台に寝かされていて、

患者衣から伸びた四肢は拘束されている。

寝台の傍にはホムラが構えて座っていて、こちらをじっと見てるようだ。


ホムラ「まあ、言うよ」


ホムラはどうして博士がここにいるのか、何があったのか説明した。

少し前の日の事、博士は自分で事故を起こしたらしい。

【バトラー博士の転落の件】 報告書まで仕上がってる。

自室のガラス窓のところにフラフラと姿を現したバトラーが、

自ら開けた窓に身を乗り出してよじ登り、そのまま下へ転落したという。

四階から落ちたが、途中いろんなものに遮られながらだったので、

運良く一命を取り留めた。

すぐに救護され、酷い怪我は無いと結果も出たのだが、

地面落下のショックが大きくてしばらくのあいだ意識は戻らなかった。

落下に至るその行動をたまたま目撃してた団員の話によると、


ホムラ「あんた…だいぶ飛んでたらしいな」


つまり正気じゃなかったという事。

静かに聞いてた博士だが、何だか夢からスーッと醒めてくような感覚だった。

あやふやで、そんな事おきてたのかと思いつも。

確かに、言われてみたらそんな事をしでかした気がする…。

眠ってた間もこうして拘束されていたのは当然の処置であり。

ホムラは…、淡々と話すこのホムラは、

バトラーが何をしてきたのか、きっともう全て知っているのだろう。


ホムラ「ところで七月七日になったよ、あんたつくづく縁がある日だな」


そう言ったホムラが鼻で笑った。

(七月七日だって…?)

七月の七日って、七夕じゃあないか。

無表情にしてたが、歪む。

バトラーはこの日に結構な因縁があった。

思い出すと、全てが七月七日だ。

昔、マグマ団で大変な失態を犯したのが七月七日の夜。

組織を追放された。

その後、マグマ団のための計画が泡と化したのも七月七日の夜。

正しい結果を見せつけてやるつもりだったのに。

そしてその後、

長年待たせた故郷の恋人と破局したそれも七月七日の夜。

バトラーは完全に呪いの日なのだと思ってる、

ここにいるホムラにかけられた呪いだ。

そんな日に目覚めたのだから、博士の災難の上塗りは免れないだろう。

(ああそうか…夢、)

そこでバトラーは自分が目覚めた時に泣いてた訳を思い出した。

…眠りの中で、フラッシュバックといえる記憶の映像を見ていたのだ。

当の昔に開き直り悪者をしていたつもりだったのに、つらい。

負けの連鎖で振り返る程に灰色な過去だった。


ホムラ「あんたが深刻にしてるのって…良いな」


ホムラはしばらく黙って見つめてたが、すっと立ち上がり寄ってきて、

拘束をされたままのバトラーが横たわるベッドへ腰かけた。

ズイ…と、ホムラの重みによってマットが沈む感じが伝わってくる、


ホムラ「このまま追求するぞ」


ホムラは転落事件の報告書をぱらっとめくって何か取り出し、

それを博士の上にかざして見せた。


ホムラ「これが何か解るな」


ホムラが出したのは、植物の枝だ。

ある樹木に生えてたであろう緑の葉と小さな実のついたひと枝である。

これがホムラの手に渡ったという事は、やはり全て暴かれたようだ。


ホムラ「あんたの"緑化計画"ってのは、これを"奴"に流す事だったのか」


"彼"の指示に意図せず背き、愚行(ドヘマ)をしてしまった。

最大の不運だ、自分が生きているという事は。

…きっと"ホムラ"はこれから代償を払わなければならない。





昔、マグマ団を追放された時、

バトラーには二つ選択肢があった。


当時のマグマ団員が組織を出るというのは、

ホウエンで行き場の無い終わりを意味する事だった。

…去るか、残るか。

もしこの時バトラーがすぐにでもホウエンを去っていたら、

いまの堕落はなかっただろう。

しかしバトラーはそれを選ばなかった。

自分が特別格な存在であると思っていたからだ。

…ホウエンに残れる、挽回できる、

どんな手段になろうとも自分の研究の正しさを証明すると決意した。


そうなると次の二つの選択肢が現れる、西か東か。

それはマグマ団に切れられた自分の拠り所だ。


ホウエンの土地というのは東西で大きく勢力が異なる。

アクア団とマグマ団。

じつは…

もとはひとつの団体だったらしいが、拡大してくうちに分裂した。


東…アオギリとの交渉は上出来だった。

以前からずっとバトラーを欲しがってたアオギリが、

熱烈なアプローチとともに手を差し伸べてきたのだ。

この日すぐにアオギリの庇護を選んでいたら、

より深い闇に囚われる事は無かっただろう。

バトラーはその日一度、ミナモシティを出てしまった…。

ずっと闇につけ狙われていた事に気づけなかったのだ。

バトラーはミナモの街から出た瞬間、

そこに居るはずのないある人物に声をかけられた。


*『久しぶり、俺のことって忘れちゃった?』


…訳じゃねぇよな…


君は…!一瞬の、驚く間もなく乱暴に車に詰め込まれた。

圧倒的な、悪意。これは東側をまとめるアオギリの来客が、

ミナモの目と鼻の先で拉致されるという前代未聞の事だった。


*『博士、マグマ団を裏切るなんて許さねぇぞ』


それからは絶望する暇すらなかった、

まず走る車内で、彼の根城で、その寝所で、

彼の暴力を受けながら何度もそう繰り返し刻み込まれた。


そうして博士には、"彼"から選択がひとつ与えられた。


*『博士、儲けよう!俺と仕事(ゲーム)をしようぜ』


当時、西側で一大勢力を誇っていたマグマ団…。

その内部がどうもゴタついてるのは誰の目にも明らかだった。

元々過激派な組織だけに、展開の読めない混乱の絶頂期だった。

傘下団体や関連者など多方面に火の粉が飛び散ったが、

その混乱に乗じて手広く商売を拡大した人物が…"彼"だった。

誰も気づかぬ暗闇から蜘蛛のように巣をはり繋ぎ、

ホウエンの西側は、いつしか彼の独占場となっていた。





"魔術団"…、

ホウエンのブラックリストに載る大がかりな闇取引の集団である。

アシがついたのは最近で、繋がりや素性が最後まで不明だった。

つまりはもう存在しないとされている。

少し前に、アジトが爆破し闇の品々ごと灰と消え壊滅したという。

これを仕切っていた首領というのが、バトラーだった。


マグマ団のいち科学者であったバトラーが、

元締めである"彼"との先の不本意な再会によって

魔術団という闇舞台に配役された経緯である。


来日前、バトラーには自然科学の勉強と並行して、

マジシャンとしてクラブで学んでた期間がある。

バトラーにとっての手品とは幼い頃の趣が高じたもので、

イタズラ・ジョーク…他人との距離を縮める手段だった。

バトラー流は手品の技術に、科学のワザを加える事。

もはや魔術と称賛された経験を持ち、これが魔術団の由来である。


その技術は再び、

彼の仕事を手伝うようになってから陽の目を見る事となる。

彼の関連のナイトクラブのステージにほんの遊び心で出演し、

イリュージョン・ショー形式のマジックを披露した事がきっかけだった。

彼の前では幾度となく簡単な手品は見せてきたが、

大がかりな舞台装置を使ったものの披露は初めてだった、

はっきりいってプロ、早く言えよ博士!金を取れるレベルじゃないか。

ステージで演じて魅せるバトラーの映え方は異常に美しく、

誰の目にみても完璧だった。


*『決めた!博士の使い方を、180度変える事にした』


ここで、彼とバトラーとの仕事(ゲーム)の方式が組まれた。


随分乗り気な彼とは相反して、

さすがのバトラーも…この仕事の出だしは心配した。

彼に連れられてやって来たのは酷くオンボロな移動式遊園地だった。

…全く最悪だったのは、

錆びた門を潜って事務所らしき大型トレーラーに入ったその瞬間、

ひとりの青年が泣きながら首を吊ろうとしてたって事だ…。

"彼"は、今まさに死のうって青年を笑いながら制止した。

青年は負債だらけの移動遊園地の全ての権利を押しつけられて、

もはや首を括るしかないほど資金繰りで追い詰められていた。

この頃には相当スレていたバトラーだったが、

さすがに同情する気持ちくらいは残ってた。

それはこの青年の死にたくなるほどの今にではなく、

想像できる今後についてだ。

この哀れな青年に今だけ助けを与えるのが自分だが、

永劫堕としていくのも自分だろうと思った。

『引っ込んでろ、博士』"彼"は上機嫌に笑ってた。

悪い奴…。結局は、すべて"彼"関連のせい。

前のオーナーが金を借り続けていたのが、"彼"の配下だった。


計画はこうだ。

*『出資だ、この腐り落ちそうな移動遊園地を立派にしてやる。

そして昔のように各地を巡って積極的に興行する事。

楽しいぞ、忙しくなる、死にゆく場合じゃないだろう!』


あっけにとられて涙を止めた青年の肩を抱いて"彼"は続けた。


*『もうひとつ、プレゼント。

俺の大事なバトラーをお前に貸してやるよ。

この綺麗な先生が一番の場所にマジック・ショーの看板を出すよ。

魔法のように客が入るから大きなドーム・テントを造らないと!』


そんな上手くいくのだろうか…、

気弱そうな青年の表情は疑ってたが他に選択肢などないのだ。

"彼"の勘がバトラーとこの青年を選んだ。

ふたりは全く違うルートを辿ってきてこの場に揃って立ってる。

つまり彼の与えた一択。迷ったり悩むのは無理なんだ。

「君、宜しくね…」

多分バトラーはこんな言葉をかけた。





月日は流れて

移動遊園地は各地を巡り、沢山の客を動員した。

…そう言うと聞こえは良いのだが、

つまり様々な"人種"の出入りをも可能にした。


【Great Buttler's Magic Show】


なかでもバトラーの派手なステージは特別人気だったが、

満員御礼の大集客にも関わらず、開催は殆どが不定期だった。

それには隠された意味があり、

グレート・バトラーのショーが開催された日の深夜に、

魔術団のテントで闇取引が行われるという合図なのだ。

それ以外は商品の手配のための時間で休業だ。

熱心なファンがテントの外で黄色い声援を送っても無駄、

"close"…こうしてマジック・ショーの分厚いカーテンは降りている。

(26話参照)


綺麗な遊園地の維持費は相当なものと思われる。

オーナーは収益が合わなくなるとバトラーの元へやってきた。

まさか闇取引の会場に使われてるなんて…、

最初知った時は想定外すぎて気落ちしてたオーナーだったが、

支障をきたすと踏んだバトラーが慰めてやってからは、

吹っ切れたようで頻繁に甘えにくるようになった。





移動遊園地と魔術団は表と裏のマスゲーム。

人々の記憶のなかに残るのは楽しい太陽のカーニバル、

誰も知らない月の光の痕跡は夜の帳のうちに消えていく。

"彼"が歌いながらカードを切ってばら撒いて、

オーナーがそれをすくい集めてバトラーに運び、

バトラーは魔法をふって変化させ"彼"の手元へ渡し還す、

それは夜ごと繰り返された。





移動遊園地の商売は軌道に乗り始めると一気だった。

バトラーは自由がきくようになり、研究の再開を許された。

ブランクを戻すところから始めて、最新の機材を調達し、

マグマ団の元科学者を呼び寄せ再び研究チームを組んだ。


しかしあの過去だ、

以前マグマ団の情報を持ちアオギリの元へ行こうとしたため、

バトラーは自分の人質ともいえる意外な人物と引き会わされた。

…何の前触れもない、再会。

それはバトラーが故国に置いてきた女性、幼馴染の元恋人だった。

なるほどそうきたかとバトラーはこの皮肉を笑った。

"彼"には、昔そういう女性が自分にいたと話しをしただけで、

彼女本人を特定して招くなんてどうして出来たのか。

バトラーは極力冷たく接する事とした。

それでも彼女・ダイアンはこの当時のバトラーの身辺を聞かされて、

何とか理解しようとしていた。

ダイアンは昔のバトラーの影をずっと追っていて、

些細な事で昔のようだと喜び、違うと表情を暗くした。

ダイアンと代るように"彼"はあまり遊園地に姿を現さなくなった。

"彼"が不在だと仕事と人間関係でギクシャクするようになり、

トラブルに時間が奪われる…バトラーはすぐに研究と魔術団、

彼女とオーナーに挟み込まれ相当なストレスを抱えた。


決定的に打ちのめされたのが、二度目の研究の失敗だった。


バトラーがマグマ団から持ち出した物の中で一番重要だったのが、

古に生きた巨大生物グラードンの体の一部だった。

ホウエンの陸地を広げたと創世の物語にも登場するグラードンは、

伝承によると時代の節目に地上に現れ天変地異を起こしたのち、

活動限界をむかえ再び地底へ潜り眠りにつくという。

グラードンにははっきりと絶滅したという記録が存在しない。

この伝承の"眠り"部分を仮死状態と想定し、

数千万年前の古から現在も生き続けているという見解が、

マグマ団でも有力だった。


グラードンの痕跡に繋がるヒントは、

ホウエンに散らばる伝承の所在地と関連ある遺跡の調査で発見された。

年代の極めて古いものはホウエンの離島で見つかり、

比較的新しいものはホウエン本島から出た。

中にはまだ化石化してない体細胞も見つかり、

せいぜい数世紀前の地上に現れた際に、

何らかの要因で本体から剥がれ落ちたもので、

細胞情報がまだ消えることなく残ってる状態の良い物だった。

これは本島の内陸より…煙突山付近を中心に発見が続いた。

つまり地図上で表すと明らかで、年代ごとのグラードンの移動が推測できる。

グラードンが現代に生き続けているという説がグッと現実味を帯びてきた。

ホウエン地方には地質学者は沢山いたが、

土地の伝承やグラードンを結び付けて研究する学者が殆どいなかったため、

マグマ団はこのグラードンの貴重な痕跡を可能な限り所有できた。


旧体制のマグマ団とは、

ホウエンの自然と歴史に貢献する不思議な団体だった。

考古学研究をテーマにまた様々な分野から専門家を集結させていた。

そんなマグマ団の裏の研究というのが、

休眠状態のグラードンが目覚めるその要因。

つまりどのような状況で仮死状態から蘇生し地上へ現れるのか。

そのきっかけを探り当てる事だった。


それを真っ先に発見して仮説を立てたのが、

グラードン再生研究のチームにいたバトラーだった。


ある日、対象から採取した細胞に、

ほんの僅かに新たな分裂が観察された。

それまでグラードンの細胞培養には失敗続きだったが、

細胞に反応がみえたのは天体から強い影響を受けた日だった。

彗星が接近した日、近郊に隕石が落下した日など、

しかも連動して煙突山を震源とした微弱な地震が発生している、

関連反応をじっくり観察し続けたバトラーは、過去の文献記録を探し、

グラードンの目覚めの条件と法則のヒントを得た。

バトラーはこれを再生研究へ用いる事を選び、

生物本体と分離されて久しく経つのに微小に生き続けるこの対象の、

全身を再生する仕組みを複雑な計算式で導き出した。


グラードンのメカニズムを把握すれば次の時代の災厄の抑制に繋がる。

更にホウエン繁栄のために能力を活かせる。

もしこのままバトラーの研究が進んで成功するとなると、

最小のリスクと最短の時間でグラードンの複製を入手できる可能性がでる。

これは従来のマグマ団の方針として掲げられていた、

・オリジナルのグラードンの発見

・目覚めさせる方法を探る

・全総力を投入し、捕獲へ

などという高リスクなステップを飛び越す事となる。


だがバトラーはここで思わぬ人物と衝突した。

自分側の人間だと信頼してた団員、ホムラとの意見の相違だ。

ホムラはグラードン復元に大反対して、

マグマ団の科学者として、当初の目的だけに留めろと言う。

バトラーはホムラの再三の忠告を振り切り、

組織全体を巻き込んだ大がかりな再生実験を強行する。

結果、大失敗。

マグマ団施設を破壊し団員を負傷させ、大損害をもたらした。

本番直前に、些細だが"不自然な不手際"があったのだ。

のちにこれは対立したホムラが裏で工作したためと知った。


二度目の再生実験は一度目より規模を拡大したのだが、

マグマ団での時の経験をふまえ、最終過程は全て博士ひとりで臨んだ。

結果、ファウンスという美しい森林一帯を消滅させて幕を閉じた。

むしろその程度の規模で済んだのが奇跡だったのか、

ともに七月七日の夜の事である、願いなんて叶ったものじゃない。

さすがのバトラーも折れた、心身ともに休息を必要とした。

死の荒野と化したファウンスの大地に膝をついて絶望してから、

傷心を癒すかのごとく植物の再生研究に没頭して、

2年ほどファウンスの奥地に引きこもった。

その間、追いかけてきたダイアンとよりを戻し、燃え上がって婚約し、

あっという間に破局したのがまた七月七日である。


ファウンズで生活してるとアオギリの使者がよく訪ねてきた。

彼には前回無礼な事をしたと思っていたバトラーだったが、

アオギリの方は別れ際に守れなくて悔やんでいたとの事だった。

しばらくするとそれはプツリと途絶えた。

バトラーは、そろそろ迎えが来るタイミングだろうと察した。


*『博士、相当キちゃってねぇか…』


やっぱり彼だ。

畑をいじるバトラーを発見して信じられないと顔を歪ませてた。

しかしこんな大自然の山奥まで自らの足で出向くあたり、

自分は相当愛されてるのだと自覚した。

移動遊園地ぐるみの商売の景気が良くないのもあるだろうが。


バトラー「行くよ」


バトラー「君のもとへ、私をまた雇って下さい」


彼が差し出す手を握ろうとして、そのまま抱きとめられた。


*『俺はたぶん、大事に出来ないと思うんだけど…嬉しい』


今さらながら意外だった。"彼"って、こういう奴だったんだ。

多分彼は、自分以上に傷ついてきたはず。

皆に嫌われ、逃げられ、裏切られ。

だから彼は人一倍妬むし、騙すし、強欲だ。

自ら彼の元に堕ちてきてくれる他人なんていなかったんだ。


*『ところでジュリエット、やっと逢えたが百年の恋も冷めそうだ』


まずは土にまみれて日焼けした容姿を元のレベルへ戻せよって事だ。


移動遊園地へ戻ると、オーナーが迎え入れてくれた。

2年見ない間に容姿に危うい魅力が増した気がする。

しかし再び魔術団の仕事をすると報告すると、

ぽろぽろ涙を流し大喜びしてくれた。

もとが気弱な青年だけに、仮面を被り随分と気を張ってたのだろう。

魔術団のテントにスターが復帰すると、移動遊園地は完全復活した。

以前の客が戻ってきて、マジシャン職は向いてたのだと気づいた。

ただし、闇で扱う品は不在の間にかなり過激になっていた。

これをうまく捌かないと、全て破滅に終わるだろう。

増えゆくカードを前にして、神経をすり減らしていく。


こしてまた数年、夜ごとのゲームが開かれた。

ついにホムラが現れ、魔術団が壊滅するまで。





その、ホムラの目が見ている…、


ホムラ「こんな近く来てんだから、いい加減目線合わせろよ」


気づいたら上から顔を覗きこまれていて、

バトラーは驚いた「…っ!」とっさに顔を背けてしまった。

ホムラのこんな行動予期してなかったし、何だか

無防備な自分の内心を見られるような気がしたからだ。

ホムラ「人が気遣ってるのに、勝手だな…!」

舌打ちまじりの声が聞こえた気がした次の瞬間、

博士はグッと無理に顎を掴まれ、力ずくでホムラへと向かされた。

「…痛ッい、」思わず声をもらす。

四肢を拘束するベルトが直に博士の肌に食い込んでくる。

ホムラがハッと笑った。


ホムラ「何だ。全然喋らないから声、出ねェのかと思った」


ホムラは博士に構う事なく力任せに引き寄せてくる、

「!」い…痛いって、点滴の針はずれそうだし最悪だ。


ホムラ「痛いって?」


「はい…」今は素直にしておこう。

こうして子供っぽいところが残ってる。

ホムラとは…本当に長い年月離れていたが、

結局のところ何を目的としてマグマ団に在籍し続けるのか、

博士には未だに謎だった。

昔、とても興味があって「どうしてマグマ団に来たの」と何度も尋ねた。

ホムラと名乗った少年は自分の事は決っして一度も話さなかった。

深く暗い当時のマグマ団の中でホムラは何を考えて行動してたんだろう。

強い意志を持ってやってきた年下の少年に博士は惹きつけられた。

静かに燃える執念と、実現する行動力を持ったホムラに憧れたのだ。

このホムラを上げるために協力したつもりだったが、

結局、博士はホムラに「敵」と見なされてしまった訳だ。

今こうしてホムラのマグマ団が構築された後になって、

ついに博士は招いてもらえたのだが…自分は未だ「敵」側だ。


ホムラ「あんたは…、絶対俺を選ばない事がよくわかった…」


何年経ってもそうだ、

きっと何度もホムラの信用を欺いてしまう。


ホムラが見つけた緑の葉枝…、

かなり厄介な植物である。

実はこれを"緑化計画"なんて呼び博士自ら旧棟で栽培畑を造っていた。

今のマグマ団の内部にも例の"彼"の息がかかった団員が存在する。

博士には"彼"の影が張り付いている。

息が詰まりそうな状態はここで保護されてても変わらなかった。

博士はホムラによって新しいマグマ団へ招かれたが、

そいつらを通して未だに"彼"とも取引しているのだ。

結局、土壇場で助けてくれたホムラを裏切る事になっても、

バトラーは"彼"の方の指示を受け入れた。


随分と前に放棄され、誰の寄りつかない場所となっていたマグマ団の旧棟。

博士はそこを占拠して、密かにこの緑に由来する違法な品を作っていたのだ。

バトラーは自分の容姿にのぼせ上がって追いかけてくる、

のんきで気の良い今のマグマ団員たちを出入りさせ、

故国式のお茶会や簡単な手品をみせたりして遊ばせた。

しかし最深部では、極秘の緑の栽培工場があってこれはつまり、

やってる事は"彼"のもとに居た頃となんら変わらない、

規模を小さくしてある品に特化したマグマ団式の魔術団だった。

発覚を防ぐため、ほぼ素人には立ち入れない細工をしたつもりだったが、

ホムラは旧体制の組織で行動隊という調査と追跡のプロ集団にいた男だ。

そこでのし上がったホムラには、現在有能に鍛えた部下が複数いるはず。

幾多にも張り巡らせてる中から特別鼻の効く奴を選んで調べさせたのだろう。

ついにバレたか…、

これで本当に、終わりだろう。

ホムラが大切にする場所の内で密かに事を起こしていたのだから。


ホムラ「博士、今回は俺があんたの選択肢をひとつに絞った」


ホムラはいたって冷静だった。

むかし研究を巡って対立した時は互いに声を荒げて争ったのに。


ホムラ「今のマグマ団に、こんなものは不要だ。全て撤去した」


「そうですか」博士もいまは冷静だ。


ホムラ「あいつはあんたを切ったよ、もう関係は無い」


(え…、)

そんなあっさりと、バカな事はあるのだろうか。

また追い出されて、"彼"に拾われるのだと思ってた。

ホムラは何をしたのだろう、"彼"はどんな要求をしたのだろう。

ホムラに対する仕事の代償はとてつもなく高くなってしまう。

「今すぐ、拘束をといて!」博士は暴れ出した。


ホムラ「落ち着いて考えてくれ、何に怯える必要があったんだ博士」


ホムラは制止しながら、ゆっくりと拘束を解いてやった。

博士がそのまま身を起こそうとすると、手をのばしてそれを手伝った。


ホムラ「純粋に考えろ、いまのあんたに価値が無いって事だ」


「価値…?」価値が、無い?

博士はついに脱力した。

そうか、ついに"彼"にも切られたのか。

博士はうつむいて、細くなった自分の白い腕を眺める。


ホムラ「何やってたんだよあんた、…国に帰っときゃ良かったのに」


博士は笑った「こんな遠い国まで出向いて、結果がこれか…」

毎日めまぐるしくて楽しかった。けれども、


バトラー「もう、やめたい…」


心配そうな顔を隠すことも忘れて聞いてたホムラだったが、

この一言に反応した。


ホムラ「"あいつ"に関わると皆そうだ…」


ホムラ「気力を無くして消えようとしやがる…」


ホムラ「どうして皆、あいつのまやかしに気づかない…!」


"彼"を語るホムラの声が荒くなった。


ホムラ「本当は腸が煮えくり返ってるぜ、何が"緑化計画"だ!

おいバトラー!よくも俺の組織の中でこんなもの作ってやがったな!

お前が旧棟に籠って昼夜大事に育ててた下らねェブツの茶畑は、

俺が全部燃やして消し炭にしてやったぜッ!…って叫びたいくらいだ」


博士は面食らった「もう、叫んでますよ」

ホムラはこんなに爆発してたのか。

「ホムラ君…きみと彼はいったい何があったの?」

その質問にホムラは押し黙ったが、少し考えてボソッと答えた。


ホムラ「あんたを、とられた」


バトラー「は?」

ホムラ「や、別に…」

思いっきり怪訝な顔で博士が睨んでしまったようで、

ホムラは気まずそうに顔をフイと背けてしらばっくれた。

バトラー「そうやっていつもはぐらかすから信じれないんです」

ホムラ「Σ結構だ…!」

まじめな質問だったのに。博士は小首を傾げて…ハッとした。

バトラー「えー…と、言ってませんでしたっけ?」

今度はバトラーが気まずそうにして、

バトラー「君の入団する前、"彼"とは付き合ってた期間があるよ」

ホムラ「Σは!?」

ホムラが停止するなんて珍しい。


…だけど、やはり今日もはぐらかされた。

解る、ホムラと"彼"との間にも深い因縁が存在する。

ホムラは何を抱えているのだろうか…。

ホムラは自分に向けられたその目の色を感じとったようで、

もどかしげにため息をついた後、博士の手を取って握りしめた。


ホムラ「博士、もういい加減に"あいつ"に解からせよう。

俺らは長年、本当にあの野郎のイイように振り回されてきた…。

だが…あいつは、もうとっくにマグマ団じゃないんだ。

なのに未だに幹部気取りで干渉してくる、本当に嫌な奴だ。

俺は、あいつとうちの関係を断ちたいと本気で思っている」


バトラー「どうするつもりなの…?」


ホムラ「決別しよう。あんたも、俺も、いまのマグマ団だろ。

だからバトラー…うちから勝手に消えるのは俺が許さない。

俺たち今のマグマ団を、頼れ」


バトラー「"彼"は怒るよ、どうなる事だか分かってる…?」


絡まる指にホムラの力をしっかりと感じた。


ホムラ「あんた一人くらい何とでもする。団員を守るのが幹部の務め」


バトラー「Σえ、それはリーダーの務めじゃ…


ドン…!ドン…!ドン…!

遠くの方で、花火の打ち上げのような空砲の音がした。

まだホムラと話しの最中だったが、博士はそれに気をとられた。


バトラー「すみません、つい驚いて」

ホムラ「今のは祭りの決行を知らせる"雷(らい)"ですよ」

バトラー「え…、お祭りですか…今日?」

ホムラ「そうか、あんたは知らないな…待ってろ」

ホムラは博士を置いて立ち上がると、少ししてから戻ってきた。

紙のチラシを博士の膝の上へ置いてみせた。

ホムラ「今夜は地元温泉街の七夕祭りがあるんだ」

バトラー「七夕祭り…そんなのあったんですね」

ホムラ「…。」

バトラー「ホムラ君?」

ホムラ「…。」

ホムラ「…。」

ホムラ「…。」

バトラー「…。」

ホムラ「なぁ、七夕に縁のあるあんただろ…立って歩けるようなら」

ホムラ「…。」

ホムラ「…。」

ホムラ「…。」

ホムラ「…行こうか」

ホムラ「…。」

バトラー「…。」

ホムラ「…。」

ホムラ「…。」


ホムラ「…笑うなよ」


バトラー「いいよ。」

博士は肩をふるわせクスクス笑った。

バトラー「そういえば、今は君に雇われていたんだったね」

ホムラ「そうですよ、契約途中に死なれたら困る」

バトラー「きっと立てる、七夕祭りへ行こう」

ホムラ「そうか、では支度させる…」

バトラー「これでようやく、君にかけられた七夕の呪いはとける訳だ」

ホムラ「?何の話だ?」

バトラー「憑きものが落ちて、身綺麗になるって話ですよ」

ホムラ「何だそれは、あんたほんとは日本人なんじゃねぇの」

バトラー「そう見えます?」

ホムラ「…たまに思うんだが、あんた稀にマツブサとカブるんだよ」


バトラー「なるほど、光栄な事です。だから皆に好かれるんですね」


絶句。





おわり











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