ア ン ラ ッ ク




深夜、零時を過ぎた頃。


何となく、目を開いた。

天井は暗い、もう就寝したのだ。

とびきり疲れてやっと寝たはずが、覚めた。

まだ夜、か。

瞼が重い。

何故、目が覚めた。

まあ、いい。

すぐ、また寝るだろ…



ガラッ


音が、響いた。

どこか近く、窓が開いたか。


ギ ギーッ

続けざまに不快な、擦れてる音がした。

今度は網戸だろうか、横へズラそうとしてる。

中々止まない、そんな開かないか。

随分と力任せにやってるいるようだが、

まさか…


ガタンッ… … …   ボトッ


落ちていった…

どこか窓枠から網戸が外れ、落下した。

…おいおい何階だよ、事故になるじゃねぇか。



「あれやべー 網戸落としちまったあああ ・・かも。」



楽観的な、抑揚の無い声が聞こえた。

…やっぱりテメェか。

目を瞑ったまま、舌打ちをした。


見て無かろうが、手に取る様に情景は分かる。


今、網戸が落ちた下を見てる。

まあ、どうせ暗がりで分かるまい。

一度小首を傾げてから、上を、見る。

…だろ。


「星きれいなあ」


…だな。

開けっぱなした窓から、犯人は夜空を見上げたらしい。

ここ、山中のフエンタウンは、

都会のような大気汚れが無く、空気が澄んでいる。

また田舎の夜の真っ暗闇で、星空はとても綺麗なのだ。

軽い、ため息を出した。

どこぞの都会から…もしくは煙突山裏側の火山灰溜め辺りなどから、

昨日今日に越して来た人間ではあるまい。

…今更、言うか。

やれやれと呆れていると、何やら聞こえてきた。


 ぴか・・ ぴか・・ 光るー

 闇夜の 向こうー

 星クズ 散ってー

 星クズ 堕ちてくるー!

 住民 逃げるー!!

 世界は 終わる ー♪


…。

あれを構うな。

目を瞑ったまま、そう自分へ命じた。

いま、

自分と同じようにこの馬鹿な歌を一通り聞かされた人間が…、

居たとする。

同情する。


「おお!月も、きれいなあ」


…月か。

今度は月を見つけたらしい。

…そうか綺麗なのか。

…寝ろ。

…そうか寝ろ。

…どうでもいい、あれを構うな。


「まるで切った爪のよう!」


夜の静寂に響いた。

冬の月はゴミと化した。

…全く、テメェは可哀想な奴だよ。


温かい布団の下の方から片足だけ出すと、

真横に位置する壁をドカッと蹴飛ばしてやった。

つまりこの隣の部屋の奴なのだ。


「Σおお!お隣のホムラよ、なんか用か!?」


先程からひとりで騒いでいた隣人は、

突然のこちら側からのアクションに驚いたようだ。

…なんか用か じゃ、無ぇよ。

…用は無ぇんだ、黙れ。


「え。聞こえない」


…ああ、喋ってねぇから。


「お前の部屋、行っていい?」


…絶対来るな。


「語りあかそうぜ、今日の星と月の素晴らしさを」


…クズの星テメェの爪カスか断る。


「だよなあ」


…通じたか、よし。寝ちまえ。


「え。呼んでる?」


…呼んで、無い。


「てか起きてたんか」


…もう、寝てる。


「そっち行っていいか?」

…しつこい。





「ロバーーーーーーーーーーーーーーーーー」





…ホカゲ馬鹿野郎っ!


ついにホムラは身を起こし、ガバッと布団を払いのけた。

立ち上がると、明りもつけずに真っ暗な私室の中をズンズン進み、

窓ガラスのロックを勢いよく解除すると、

渾身の力を込めガッと窓を開け放った。


ホムラ「ホカゲテメェ!うるせ…


ホムラが窓から身を乗り出し怒鳴ってやろうとした瞬間、

何か一枚、張ったモノに激突した。自室の網戸だ。

そこにあった網戸の存在を忘れていて、頭からぶつかった。

ホムラ「…ッ!」

ホムラが当たった衝撃により、窓枠にはまっていた網戸は、

ガタンと勢いよく吹っ飛び、外壁から3メートル程離れた所へ落下していった。

網戸は揺れながら、落ちてく、落ちていく、暗がりに。

だいぶ下の方から 「ぎゃ」 という断末魔が上がった。

運悪く落下地点を通りかかった、下っ端などか。


ホカゲ「ホムラ…」


ホムラが顔を上げると、

隣の部屋の窓から、ホカゲがポカンと見つめていた。

自室の窓の桟に手をかけ、顔だけヒョコっと出してこちらを向いてる。

冷たい夜風がスーッと流れてきた。

ホムラは動じず。シレっとした表情を作った。


ホムラ「何か見たか」

ホカゲの目をジッと睨んでホムラが問うた。

ホカゲ「何も見てない」

ホムラの目をジッと見つめてホカゲは答えた。


ホムラ「テメェが煩ぇ、だから起きちまった」

ホカゲ「ホムラ、寝てたん?」

ホムラ「とっくだ」

ホカゲ「い、いつくらいから起きたんですか…」

ホムラ「テメェが窓を開ける音は聞いた。その幾分前から」

ホカゲ「う、歌を…」

ホムラ「聞いた」

ホカゲ「う、うおー…歌聞かれてましたか、お恥ずかしい…」

ホムラ「お前、マグマ団幹部辞めちまえ」

ホカゲ「Σ何てこと言うんですか!!」

ホムラ「やかましい」

ホカゲ「うお」

ホムラ「一切黙れ、俺は寝る。そして網戸は弁償しろ」

ホカゲ「Σ網戸はオレ、関係ねーぞ!!」

ホムラ「原因はお前だ」

ホカゲ「そんならホムラは、下っ端の治療費全額負担な」

ホムラ「何だそれは、知らん」

ホカゲ「アミドーーー!落としました、下、ニンゲンいました」

ホムラ「そんなもんだろ」

ホカゲ「(うやむやにしてモミ消すつもりだ…)」

ホムラ「ったく、寒い!話の続きは明日の朝だ…朝、だぞ。起きろよ」


床から出たままの薄着姿で窓際に立っていたホムラは、

吐いている息が白い事に、ようやく気づいた。

真冬の夜なのだ。

ホムラは舌打ちすると、窓を閉めようと身を後ろへ退いた。


ホカゲ「あ!ちょっと待て、手こっち伸ばしてみろ」


ホカゲが声を上げた。

ホムラ「手だ?」

もう閉めてやろうと窓の端に手をかけていたホムラだったが、

一旦止めて、再び開いた窓から身を乗り出した。

ホムラ「な…」

隣の様子を見て、ギョッとした。

ホカゲが、部屋の窓の桟を跨いでよじ登っており、

ホムラに向かって、目で、合図していた。

そこから、来るのか…?

ホムラ「お前…すぐ戻れ、無理だ」

建物の外壁についた、ただの窓。

互いの窓の外には柵やバルコニーなど何も無い。

ホムラとホカゲの幹部の部屋は、本部の上層階に位置する。

落ちたら、 終わる。

ホカゲの髪が風に揺れてる。

ホカゲ「手ェ、出して」

辺りは暗い、かろうじて月が出てるくらいだ。

ホムラ「何考えてんだ、俺は関わらないぞ」

ホカゲ「あ!風が…!」

ホカゲの乗りだした体が、ユラユラ揺れた。

建物の上層階だから、強い風が吹きつけたのだろうか。

ホムラ「馬鹿が、届くわけ無いだろ!!」

とは言ったものの、ホムラは動いていた。

窓の端ギリギリの所で身を乗り出し、足の指に力を入れ床に踏ん張った。

ホカゲに向かって手を伸ばした。

ホムラ「クソっ!」

どうもホカゲに弱いのだ。

月の光に照らし出されて、どうも冷静でいれなくなった。

ホカゲの目が、見た。

ホムラは軽く頷いた。

そしてホカゲはゆっくりと、手を伸ばして…


パス。


何か筒状のモノを、ホムラの手に渡した。

ホムラ「 は」

ホムラの手が筒状の物体を掴んだ事を確認すると、

ホカゲはさっさと身を引っ込めて、部屋に戻った。

ホカゲ「それ、やるよ!」

ホカゲは窓から右手だけ出して、ヒラヒラ振ってみせた。

ホカゲ「オレ、要らねーから!」

そう言って右手も引っ込めると、ガラガラと部屋の窓を閉めた。

辺りは静かになった。


一方ホムラは、変な筒を掴まされ、

窓から身を乗り出したままの状態で、

まるで「?」といった顔をして呆然と固まっていた。

ピュゥ・・と寒い風に吹かれた所で はっと我に返ると、

室内に戻り、取りあえず窓を閉めた。

ホカゲが危険を顧みず、自分に託した謎の筒。

"オレ、要らねーから"などと言われて渡されたのは気に障るが…、

取りあえず、その場で広げて、月明かりにかざしてみた。


タテ2メートル、ヨコ1.5メートル。

でかい。

セキエイリーグ・チャンピオン ワタル

等身大ポスター。

(髪の長さも完全掲載)


だった。


ホムラの顔から、表情が消えた。


ポスターを握る右手をパッと放した。

ポスターはキュルンと勢いよく左側に巻かれ、筒の形状に戻った。

そして空いた右手をグッと握りしめ、肩の高さ位まで上げると、

ホムラはそのまま真横の壁をドカッ と殴った。


マグマ団の建物が、揺れた。


隣の部屋の住人が、慌てて飛び出て来るのが音で分かった。

すぐにホムラの部屋の呼び鈴が鳴った。トントントンッとノックの音も。

ホムラは入口へ向かい、ドアを開け、無表情で出迎えた。


ホカゲ「よ!」

ホムラ「…。」

ホカゲ「えー…なんか、マズったか」

ホムラ「…。」

ホムラはホカゲを見下したように睨むと、

先ほど手渡された"チャンピオン・ワタルの等身大ポスター"、

その紙の端、左右を持ち広げて、ホカゲの目の前に掲げて見せた。

ホカゲ「ど、どうでしょう。ホムラが好きかなーと思って」

ホムラ「…。」

ホカゲ「ポケモンリーグ公式の、ファン・グッズらしい」

ホムラ「…。」

ホカゲ「最近の公式グッズ展開って、すげーのな」

ホムラ「…。」

ホカゲ「そのワタル氏のポスターは」

ホムラ「…。」

ホカゲ「こう、いつも布団しく所の、天井に貼るとキュンとして良いと思います」

ホムラ「…。」

ホカゲ「Σって、発想が女子か!!」

ホムラ「…。」

パァンッ

ワタルのポスターが真っ二つになった。

ホムラは無表情であり、無言である。

ホカゲ「Σへ…!?」

ホムラは"チャンピオン・ワタルの等身大ポスター"を掴んだ両腕の筋肉に、

フンッ!と瞬発的な力を込めたのだ。

ホカゲから受け取ったポスターは、そうして真っ二つに割れ・・破れた。


ホカゲ「Σ撮り下ろしーーーーーィ!?」


ホムラ「寝ろ」

 ホカゲ「ホ、ホムラ…まじでか」

唖然とするホカゲの反応などまるで無視して、

ホムラは自分だけのペースで、流れるようにドアを閉めた。

オートロック。





何と下らない無駄な時間。


ホムラは何事も無かったかのように布団に潜り込んだ。

何と静かなのだろう。

これほどに静かであるなら、すぐに眠れるだろう。

ホムラは無表情だった。


しばらく時が経った。

ホムラは目を瞑っている。

意識は薄くなり、 いま・・眠りに落ちるところであった。


ジ・・ ジ・・

どこからか不快な音がした。

ジ・・ ジジ・・

ノイズ音だ。

ホムラは再び、カッと目を見開いた。

おい、まさかと思うが…


ピン… プォン… パン プォ〜ン


マグマ団本部、全館共通放送。

…おいおいおいおい、嘘だろ。

連絡放送が始まる前の、決まったメロディである。

若干、卑屈な♭がかってるような気もした。

…冗談止めろよ、一体何時だと思ってやがる。

そもそもマグマ団本部の知らせ放送は、ホムラの部室に届かないはずだ。

やれ連絡だの・・お知らせだの・・、

雨が降るだの・・、飯の献立内容だの・・、

何かにつけて放送を私物化する人間が、

マグマ団の組織の中に "ひとり" 居るのだ。

それらの放送が有事に流れ、役立った事は過去一度たりも無かった。

必要が、感じられない。

独断した。

いつしかホムラは、部屋のスピーカー・コードを抜き千切った。

中核がそれでも、現在までつつがなく機能している組織団だっだ。


 メソメソメソ…


何だかウジウジしたトーンのアナウンスだ。

廊下あたりのスピーカー音がもれ流れてきてるわけだが、

内容までは聞き取れない。

聞く必要も感じない。

つまり、放っておく。

ホムラはひとり頷いた。


 メソメソ…

 メソメソメソ…

 メソソ…


まだ続く。


 メソメソ…

 メソメソメソ…

 メー ソー… メソーダ…


ホムラ「長ェ…」

ホムラはゆっくり身体を起こし、顔を歪めた。

そこで、ハー…と嘆かわしく一息をついた。

ダルそうに布団をめくり、再び立ち上がった。

今度は部屋の明りをつけて、傍にあった時計を確認した。

…おい、2時?

…午前2時か、はた迷惑な。

…俺は夜、眠いんだよッ!

ホムラはチラッと、部屋の端に目をやった。

ホムラの飼うグラエナ・ポチエナがマットの上で固まって眠ってる。

いや、グラエナが目を開いてこちらを見ている。起きたのだ。

ホムラ「…だよな」

…様子を見てやるか。

軽く上着を羽織った。まだ放送はメソメソ言っている。

ホムラは部屋の入口に歩くと、ドアを開けて廊下へ出た。

部屋着のままだが、時間も時間。構わなかった。

自室のドアの前に立つと、そこで腕を組んで…ホムラは待った。


警備団員「Σうはっ!」


ホムラが立って睨んでいる。

警備の中でも勘の良い団員のひとりが、すぐさまこの非常事態に気づいた。

警備団員「ホムラさん、お疲れ様でありますっ!」

高速で駆けつけた。

警備団員は 勇ましくビシッと敬礼し、緻密な角度でお辞儀した。

ホムラはフンと鼻を鳴らした。

苛立ってるが、ヨシとしたのだ。

全神経を集中させて それを把握した警備の団員は、

微動だにせんがために 止めていた呼吸を再開させた。

ホムラ「何だ」

警備団員「緊急事態でありま・・

ホムラ「どの程度の」

間髪入れずにホムラがせめた。

警備団員「に、日常的な…」

ホムラ「ならば緊急ってのは違うよなァ?」


ヤバイ、言葉を選び損ねた…!団員の思考回路が爆発した。

時限爆弾だ、

時限爆弾をものの数秒で正確に解除してみせねばならなかったが、

メッチャクチャに混線してる中から、救われる1本を選ぶ必要があった。

団員は失敗した。端っこの方の地味なコードに、

チマッとした切れ目を入れてしまった。

やり直しはきかない。

自爆っ!


ホムラは警備の団員に近づき、顔を寄せた。

ガチガチに固まり冷や汗を垂らす団員の顔のすぐ真正面に、

ホムラの顔があった。鼻先がつきそうなくらい間近だ。

動悸がひどい。

いま、この団員の心臓は見えない手で握られた。

ホムラだ、握ったり放したりジリジリと攻められている。

これではいつ鼓動が止まってもおかしくない。

精一杯してる団員の口の端が、震えた。

この団員の、全ての権利を持つのはホムラなのだ。

団員は再び、息ができなくなった。

ホムラの目が、団員の目をジィィと捕えている。

だめだ、と団員は思った。もうだめだ。

目玉も自由に動かせない、心臓もじき止まる。

血の巡りが悪くなった団員の顔が青ざめてきた。


ホムラ「午前2時の、日常とは何…だ?」


ひゃあ!と団員は身震いした。

いやだめだ、身震いすら許されない!

団員は知っていた、朝早い・夜も早い、ホムラ幹部の規則正しい生活を。

団員は目頭をじんわりさせながら、ホムラの目を必死で見つめ続けた。

…そらせるわけがない!

ホムラは瞬きしない、一瞬の隙でも見逃さないだろう。


警備団員「マツブサさんのバクーダが見当たらない事であります!」


殆ど声になってなかったが、

ホムラは理解したようで口の端をフッと上げた。

わ、笑った…ぁ!?

ホムラ「…バクーダ?」

哀れな団員は、必至でコクコク頷いた。そうなんです・そうなんです。

ホムラ「つまり、テメェの動物にも愛想を尽かされた訳だ」

マツブサの事だ。

団員は、止める事なく高速でコクコク頷き続けた。

全てそう、ホムラが正しいのだ。

ホムラ「今の放送は、捜索しろと。そういう事か」

団員は、ハハア!と姿勢を正して答えた。

ホムラ「してるのか?」

団員は、ハハア!と続けて答えた。


ホムラ「打ちきれ」


警備団員「了解でありますッ!」

警備の団員は涙を流して引っくり返った。

そのまま、耳につけてた小型の無線機を通じて、

管理室の同僚へ"捜索中止"と伝えた。

一応にも、組織長のバクーダ探しを指示していた管理室は混乱した。

しかし無線連絡した警備の団員も必死だった。

こっちはホムラが恐いんだ!!

しかし当のホムラは、そんな双方のやり取りなど気にも止めずに、

腕組して考えていた。


…深夜の2時に、何と迷惑な事だろう。

やはり、マツブサだ。

奴は、図体ばっかりデカい、怠け者の牛を一頭飼っている。

あの食っては寝て、寝ては食ってのウスノロ。

…太らしてやってんだよ、マグマ団の非常食め。

…ん。 非常食?


ホムラ「俺はな、いつか喰ってやろうと思ってたんだ」


突然、凶悪な顔でそうつぶやかれた警備の団員は、言葉を失った。

警備団員「…。…。…。…ェッ」

ホムラの目が、ジーッと団員を見ている。

警備団員「…エ!?」

…エ、おおお俺!?

あ!ホムラがニヤっと笑った(ような気がする)。

ホムラ「さぞ、旨いだろう」

ホムラはゆっくりとその場に屈み、

冷たい床で腰を抜かしてる団員の肩を握るようにして掴んだ。

ホムラの、大くしなやかな筋肉質の手の平の感触に、

思わず警備の団員はヒッ!と身震いした。

ホムラ「どうしてやろうか…お前、どんなのが好きだ?」

警備団員「…ヘ、…じ、自分でスカ…」

ホムラの口から舌がのぞいた、上の歯をスッと舐めるように動いた。

ホムラ「…焼くぞ」

警備団員「 焼」

ホムラ「ジリジリ焼いてやるよ、あの野郎の目の前で」

警備団員「 だ、誰の目のま…」

ホムラ「マツブサ」

警備団員「ぎゃあああ」

団員の脳裏に、ニッコリ笑ってるマツブサの顔が浮かんだ。

ホムラ「縛り付ける前に、腹に野菜つめれるか…根菜類が良いな」

警備団員「すみません俺にはハードル高すぎます」

ホムラ「マワすぞ」

警備団員「 」

ホムラ「いや、面倒か」

警備団員「 ほ。」

団員が胸を撫で下ろすと、ホムラは歯をみせて笑った。

ホムラ「…生にするか」

警備団員「 え 」

ホムラ「ナ マ。何もしねぇで」

警備団員「な、なにも…」

ホムラ「…いや、止めだ。腹壊したくねぇだろ?」

一瞬、理解が出来なかった。

団員の思考が止まった。

どんな状況になろうが、自分は何も抵抗できないだろう。

数秒の空白の後、団員はハッとして聞き返した。

警備団員「Σ 生って腹の中壊れるんですか!?」

ホムラ「? 何言ってんだテメェ」

警備団員「覚悟は当の昔に出来てます、自分は…!」

ホムラ「? 何だ」

警備団員「自分は、ホムラさんのご命令に絶対服従を誓ってます…!」

決意の表情だったが、目頭に大粒の涙を堪えている。

警備団員「こ、光栄なんです…!」

ホムラ「それがどうした、当たり前だ」

そんなのは当然の事なので、ホムラは取り合わなかった。

警備団員「デスヨネー!」

そこで警備の団員はすくっと立ち上がった。


警備団員「ふ・・ 風呂、行った方がいいですよね…」


団員は背を向けた。その際、横目でホムラの顔をチラッと見やった。

頬から耳にかけて真っ赤に染まっていた。

団員は廊下を思いっきり駆けていった。

一方、話の途中で逃げられた形となったホムラは首を傾げた。

ホムラ「何だあいつ、減俸だ」


ガチャ


隣の部屋のドアがそっと開いた。

ホムラ「…。」

ドアの隙間から、ホカゲが顔を覗かせた。

ホムラ「何だ」

ホカゲは、何と言葉をかけようかホカゲなりに悩んだようで、

一瞬だけ右斜め上の方向を見てから、ホムラに視線を戻した。


ホカゲ「セクハラよくない」


ホカゲは、ふるふると首を横に振って訴えた。

一連の会話の内容が聞こえていて、耐えかねて出てきたようだ。

ホムラ「おい、冗談だぞ」

ホカゲ「や。いまの奴は、ホムラ・リスペクト団員だから、本気してるぞ」

ホムラ「まあ別に構わんが、そもそもバクーダは見つかって無ぇんだろ」

ホカゲ「…うわあ…」

ホカゲは複雑な顔をして、引いた。

ホカゲ「んーとな。多分違う、お前が思ってるんと違う…」

ホムラ「…煮るのか!」

ホカゲ「うんうんソウダナおめーは、でも違うんだ、メシ食う事から離れろ」

ホムラ「?」





♭ ピン プォン パン プォ〜ン ♪

マツブサです… 

ねぇ 僕のバクーダ、探してよ…

どうして捜索やめちゃうの…?

うう…


も・・もうこうなったら、財でモノを云わせますよ!

マツブサのバクーダ、見つけたひとに金一封・昇進!

お約束しましょう!

どうです、破格の条件ですよ。

みんなの活躍に期待してます マツブサ。

ピンポンパンポンッ!!





ホカゲ「ほらみろホムラよ、ついに金で動かしにきたぞ」

ホムラ「あの牛、トロい癖に…まだ見つからねぇのか」

ホカゲ「違う方探してるんかな、本部の"東側"を捜索してるんじゃねーの?」

ホムラ「何だ。バクーダは東にいねぇのか、知った口ぶりだな」

ホカゲ「だってなさっき、"西"の畑の方ノソノソ歩いてったもん!」

ホムラ「…。」

ホカゲ「あのロバさ …」

ホムラ「…。」


ロバ!


ホムラ「ロバ?」

ホカゲ「ロバ」

ホムラ「バクーダ…」

ホカゲ「ロバ…」

ホムラはハー…っと長いため息を吐いた。

しばらく前に、ホカゲが窓から叫んだ言葉。

それがロバ、バクーダの姿を見たのか。

ホカゲ「Σタメ息をつくな!」

ホムラ「バクーダ、牛だ」

ホカゲ「え、バクーダは牛なん!?」

ホムラ「今、警備の団員を からかってやった所だ、牛を食う食わんでな」

ホカゲはポン!と手を打った。

ホカゲ「おお!それな、ホムラ。さっきの純真な団員は勘違いしてるぞ!」

ホムラ「牛食うつもりなんだろ、俺は賛成だ」

ホカゲは困った、口を一直線に結んでウーンと唸った。

ホカゲ「いや、"お前に"喰われるって思ってる」

ホムラ「そりゃそうだ。俺が言い出したんだからな…ん、何だ?」

ホカゲ「いや。 "お前"が喰うんだ"団員を"」

ホムラ「馬鹿が、食うわけねぇだろ俺が、団い…」

そこまで言いかけて、ホムラがヒクッと顔を引きつらせた。

ホムラは思い浮かべた、最後に見た団員の表情を…。

ホムラを見た目が湿った感じで…頬から耳まで焼けたように赤かった…。

まさか、そういう事か。

まずい…!


ホカゲ「団員、つまみ食いー」


ホムラ「Σするか!あり得無ぇ…!!」

ホカゲ「うち、男しかおらんのに〜ィ!」

ホムラ「危ねェ、危ねェ…」

ホカゲ「で。 あの警備団員、ホムラがいつぞや上層に引き揚げた奴だよな」

ホムラ「そうだ」


警備中に事件に巻き込まれた団員で、当時は下層階に配置されていた。

出くわしたのは偶然だったが、ホムラにとある話を持ちかけられ、

結果、上層階の警備にしてもらった。(25話参照)

しかし根っからの下っ端なので、上層団員達にビクビクしながら日々過ごしている。


ホカゲ「お前に恩、感じてるんじゃねーのか もてますな」

ホムラ「やめろ気色悪ィ、この話はこれっきりだ」

ホカゲ「悪ノリしたホムラが悪ィ!」

ホムラ「ハナから牛の話をしてたんだぞ。何故、そんな事にすり替わるんだ」

ホカゲ「ホムラよ、おめーが思わせブリな事したんじゃねぇか?」

ホカゲが例えた。何か変なふうに触ったりとか、視線がヤバイとか。

ホムラ「いや、全く。真面目な奴だとは思っていたが…驚くぜ」

ホムラは真顔で答えた、そんなの一切身に覚えが無い。

ホカゲ「あ、おめーの方も結構買ってたんだ!…マンザラでもない?」

ホムラ「何故、そういう方向に持っていく、仕事の内の話だ」

ホカゲ「バクーダ探せよ」

ホムラ「バクーダ探すか…いい加減、マツブサの放送がシャクだ」

ホカゲ「マツブサの心情タレ流しの電波、これほど無駄なモンはありません!」

ホムラ「…それで」

ホカゲ「…うん?」

ホムラ「俺のグラエナを出すか…」

ホカゲ「おっ、出動すかホムラ」

ホムラ「バクーダは西の畑を進んでったのか、俺が追う、お前は…」

ホカゲ「おお!ホムラ行動隊長、なんか懐かしいな…組織の花形!」

ホムラ「茶化すな、馬鹿らしい。俺は早く片づけて寝たいんだ」

ホカゲ「そんじゃ内務のオレは、マツブサなんとかします」

ホムラ「ついでに、さっきのボケ(警備団員)何とかしとけ」

ホカゲ「オレ、関係ありません。妙な始末ばっか押しつけんな」

ホムラ「マツブサの金一封は、テメェにやる」

ホカゲ「¥」

ホムラ「決まりだな」

ホカゲ「やります、ホムラが好き」

ホムラ「止めろ。ところで、ロバ…を見た時、暗がりで何故確認できた」

ホカゲ「地上は畑でひらけてたから、背中に火を灯したバクーダの姿は良く見えた」

ホムラ「目立ったか」

ホカゲ「うん、目立ってた。とても」

ホムラは頭を抱えた…。

ホムラ「捜索の連中、馬鹿じゃねぇか…何故、発見できないんだ…」

ホカゲ「それがマグマ団だから」





下層階、通路。

バンナイが、下っ端団員と歩いていた。

深夜のバクーダ探しのため。

バンナイ自身は野次馬程の興味だったが、

比較的 仲良くしてるこの団員に出くわし、助っ人を頼まれた。


バンナイ「夜も更けってんのに、ご苦労様ってさ」

団員「バンナイ、特別手当だぜ」

バンナイ「ジローちゃんさ、あんたら昇進しても居場所ないよ」

団員「Σ俺のが先輩!何だよバンナイ、先に出世したからって!!」

バンナイ「幹部なる条件として、"ホムラさん"とか喋れんの?」

団員「!!!!!!!名前を出してはいけない!!!!」


静けさ。


バンナイ「はいはい、幹部失格ー。じゃあ、上層の人たちと口きける?」

バンナイが呆れた横目で団員を見た。

団員「いやー…、恐いよ…、だって上層の偉い人みんな睨んでくるんだもん」

バンナイ「はい。上層の出入りも資格なし。あっぱれだね、万年下っ端組!」

団員「Σくそぅ!下っ端ナメんな、下っ端のおかげで、お前ら楽できてんだからな!」

バンナイ「楽してないし、むしろ仕事増えてるし、バクーダ発見されないし」

バンナイの心無い早口に、下っ端のココロはしぼんだ。

団員「したっぱカタナシ…。いや、でも俺はさ、下っ端内では上の方だから!」

バンナイ「下っ端が上とか下とか…はいはいどうぞお好きなように」

団員「うわあああん!」

バンナイ「Σどうしてそんな苛めがいあるの!」

バンナイはケラケラ笑って、団員を突っついた。

バンナイ「まあ、上層連中って性悪ばっかでさ」

団員「やっぱそうなの…」

バンナイ「そうなの、俺ァ嫌いです。でもね、 俺のが幹部で!」

物凄く、ステキな顔をしてバンナイは"幹部で!"と言い放った。

下っ端団員は、悔しそうに地団太踏んだ。

団員「上層階の空気吸いやがって!吐け吐け、その空気、俺が再吸引してやる」

バンナイ「じゃあ今度、袋につめてきてあげますね」

団員「おう、買う買う〜!」

バンナイ「バ〜カ」

団員「フ〜ン」


 ゴンザレス「あ」


バンナイ「Σあ!」

団員「Σうわ、ゴンザレス!!!?」

廊下の角から、ゴンザレス団員が出てきた。


 ゴンザレス「青い髪の幹部さん、と先輩下っ端さん!!」


バンナイ「しっし。向こういけ」

団員「名前、名前覚えろよ。お前の入団懇願に立ち会ってるよ俺」

バンナイ「あ、そっか…あの雨の日ね」(29話参照)


 ゴンザレス「お二人とも、バクーダさん探しに行くんですか!?」


バンナイ「いやお前になんか関係無い」

団員「ゴン、お前も行くのか?外寒いぞー」


 ゴンザレス「ご、ご一緒させて下せぇ…!」


バンナイ「じゃ、さよなら」

一瞬だけ、バンナイは白々しくニコッと口角を上げた。

団員「あ!バンナイ逃げた!!追え、ゴンザレス!!!」

 バンナイ「無理無理、捕まる訳ないでしょ」


バンナイは身をひるがえし、来た道を引き返した。

速い。

その後を、ゴンザレスがエッサホイサと追う形となった。

残った団員は、しばらく笑ってその様子を見つめていたが、

ふと、冷静に戻った。しまった、バンナイが!

バクーダ探しの、強力な助っ人を見失ってしまった。





下層、北階段。


また別の下っ端団員がひとり、重たいタンクを運んでいた。

団員「俺、ここ、やだな」

団員は足を止め、持っていたタンクを一旦置いた。


本部の北側に位置する、階段。

通称、北階段。

ただの階段でない、

マグマ団七不思議のひとつ…階段の怪談がある。


北階段。ある時刻にさしかかると、最後の段数が増える。

運悪く、そこを踏むと どこか別の場所へ行ってしまう。

帰ってこれない、違う場所…。

その階段は、北階段。

北階段の、4階…。

青白いお化けがすんでいる。


このマグマ団の七不思議は、毎年尾ヒレがついていく。(A、B話参照)

例外の場所もあるが、そもそも本部の北側に集中してる。

団員は、嫌ァな気持ちになってきた。

彼はそういうのを、気にするタイプなのだ。

団員はフッと腹に力を入れた。

気合っ!

そして被ってた団服のフードもバサッと取っ払った。

金髪の団員だった。

マグマ団でホカゲ派の部下である象徴だ。

よくホカゲにくっついているので、七不思議だのは十分聞かされて知っている。

大勢で集って居る時はいいが、こう一人ぼっちになると最悪だった。

意識する。

団員は、再び重いタンクを持ち上げた。

灯油を運んでいる。

外で捜索活動をするため、暖房が必要だった。

いま階段を降りて、4階にさしかかった。

さっさと降りきってしまおう。


何か、軽い空気の揺れを感じる。

北側は静かだ。

本来なら本部の全体に、マツブサの放送が流れてるはずなのに、

そこいらにあるはずのスピーカーから音が出てない。

北側の機械類は、よく壊れる。

何でだろう、昔からそうらしいが、原因は分からない。

ただでさえ、団員は北側を避ける。

夜なんて、当然のごとく人は居ない。

今、この団員は最短距離というだけで、北側を使ってしまった事を後悔している。

上層団員からの指示だ。

上層の備蓄で、古い灯油のストックがあるからこの際使ってしまえ。

エレベータは、我々が確保したいので階段で行け。

命令なのだからしょうがない、…本っ当に性格が悪いんだよ。

団員は気張って階段を降りる。

1/2降りたコーナーを曲がり、残り後半も降りようとした時だった。


バンナイ「やあ、サブちゃん」


階段の下の方の段に、青白い顔の人影がボンヤリ浮かんでるのを見て、

団員は腰を抜かすどころか魂を抜かした。

団員の手から、重い灯油のタンクが落ちて、段差に跳ねて引っくり返った。

キャップが緩かったようで、盛大に灯油が飛び出てまき散らかった。

そのまま灯油を吐き出しながら、タンクは階段を滑っていった。

下に落ちてきたとこで、バンナイが足で止めた。

ひとまず団員は、安心した。

タンクを止めてる足がある、足。幽霊じゃあない。


バンナイ「しっかりしな、全く。団員連中、俺が北階段 使う度に驚くんだぜ」


団員「お前の顔と頭みりゃ、そりゃ驚くぞ…」

バンナイ「え、頭…?」

団員「おどかすなよ、もー…」

バンナイ「ねぇ、床。拭かないと、滑って危ねぇよ」

団員「分かるけど…まあ、階段だから火の気はないよな…」

バンナイ「そりゃそう…、だ…!?いや待て北側4階でしょ」

団員「お化けー?」

バンナイ「ハア!?何言っちゃってんの、すぐそこ、バトラー博士の私室!」

団員「Σえ゛。 あ、あかずの間か…!そうだ、危険だ!!」


本部、北側4階の端。

何年も前から、4階北端・通称"あかずの間"として有名ないわくつきの部屋。

勿論、こちらもマグマ団七不思議のひとつである。

毎年、数々の怪奇現象が目撃されており、

決して中へ立ち入らないようにと厳重に封印されていた部屋だが、

それが何の部屋なのか、実体を知るのは ほんの極僅かに限られていた。

実は過去に在籍した科学者、バトラー博士の私室だったそうである。

少し前に、ふらりと…そのバトラーが戻ってきたのだが、

部屋に出入りする博士を見て、事情を知らない殆どの団員達は、

あの"あかずの間"を…? と、だいぶ心配したものだが、

今のところ博士は元気である。

それもそのはず。

怪奇現象とされた大方の原因は、博士が仕掛けて出ていったイタズラなのだ。

ただし、話を聞くと博士においても知らない現象があったらしく、

それは本当に…不思議である。


バンナイ「…何か、起きるよ」

団員「…起きちゃ困る」


灯油運びの団員は、慌てて辺りを見渡した。

バンナイは、足で止めててやった灯油のタンクを横へ蹴飛ばした。

灯油はそっちにも散って広がった。


バンナイ「ほら、さ。今すぐ、灯油きれいにしなよ」

余計な仕事を増やされた団員はアッ!と声を上げた。

団員「Σじゃあバンナイ、見張っててくれよ!」

団員が怒って指差すと、バンナイは両手を上げた。

バンナイ「はいはい、俺もねここら燃えると困るんで、安心してよ」

団員「Σ捻くれた割に、素直だな。気持ち悪ぃ!」

バンナイ「いやちょっとね、そうだ、追われてたんで身を隠そうと…」

バンナイは思い出したようにエヘー・・っと笑った。

ここへ来る道中、先程のゴンザレス団員を捲いてきたようだ。

バンナイ「ほら、さっさと掃除してよ!」

団員「そこ、居てな!モップかけるから!!」

バンナイが促すと、灯油運びの団員は掃除用具を探しに走った。


バンナイ「あ、面っ倒。」


もう次の瞬間、バンナイは退屈した。

ハァア・・とタメ息をつきながら、左手にした黒のグローブをめくり上げた。

平たい腕時計をしている、その文字盤の面を、腕の内側へと回した。

文字盤の外側の枠を、玩具のようにカチリ・・と ずらすと、

ぼんやりした灯り…ライトがついた。

バンナイ本来の商売道具のひとつである。

夜こっそり忍び込んだ所で、細かな作業をするときは この灯りを頼りにする。

両手を使う時には、口に咥えて作業する。


バンナイ「靴、汚れてんじゃん」


灯油タンクを止めた靴の裏を照らして眺めた。

もっとも、今のところマグマ団ではこんな使い方しかしてないが。

しかし北階段という場所は、やたら暗い。

空間の雰囲気が、ドンヨリとしてる。

ここに居ても寒いだけでつまらない、

さっきの灯油運びの団員なんか、さっさと見限って帰ろうか。

そうしよう。

バンナイは、階段を見上げてそう思った…が、

バンナイ「!」

もう、戻ってきたのか。

掃除用具を持って、先ほどの団員が…?

階段の上の方から、ゆっくりと足音が聞こえてくる。


ペタ ペタ ペタ…


何だ… おかしい。

団員の、底がしっかりしたブーツの足音ではない。

さっきの灯油の彼は大柄だが、細い。明らかに別人か。

もっと重いな、体重が。

ま…誰でもいいや、驚くだろうさ。

バンナイは、いたずらっぽく口の片端をつり上げると、時計のライトを消した。


ペタ ペタ ペタ

ペタ ペタ ペタ


この…規則正しい足音に引っかかりを覚える。

例えば。バンナイを追ってきたゴンザレス団員だろうか…

…いや。違うよ、絶対に。

あれは見かけ倒しで、背丈は低いし 前屈みで姿勢が悪い。

…団服を与えられたゴリラだからね…階段はこんな悠長に降りれねぇや。

と、バンナイは自分で考えておいて、噴き出した。

ペタペタの足音は、いよいよ近づいてきた。

4階にさしかかろうとした所で、それはちょっと止まった。

ここで躊躇してるのか、やはりこちらも七不思議の噂が気になってるようだ。

しばらくして再び、ペタ ペタ…と階段を降りだした。

来るか…やっちまおうかな! バンナイは腕時計を顔のすぐ下に構えた。


ペタ…

足音が、4階の1/2コーナーを曲がったようだ。

バンナイは階段を見上げて待つ。

ふっと人影が現れたその瞬間、バンナイは顔の下の腕時計を灯した。

バンナイ「こーんばんはー…」


 ホムラ「! (ゲッ!!!)」


階段の上に現れたのは、なんとも寒そうな格好をしたホムラだった。

バンナイ「Σ …ァー」

しまった、相手が悪い!

バンナイの頭は必至でフォローを考えた。

バンナイ「Σうわ、うっそ、ホムラさん!」

とりあえず自分もこの遭遇に、驚いちゃった事にしよう。

何故 こんな幼稚な事をしてしまったのか後悔したが、

バンナイのイタズラに、どうやらホムラは引っかかった。

ぼんやりと薄暗い北階段で、ホムラの顔が確実に歪んでいたのを見た。

たまには日頃の仕返し、まあ悪くない気持ちだったが、

後が恐い。

バンナイ「すみませーん!逃げよ…」

バンナイは とにかく離れようと足を引いたのだが、

さっき靴が、灯油をかぶったのを思い出し、

更に、行く手の廊下が灯油まみれだという事も思い出した。

ここは慎重に…、でも何か言われる前に消えないと…!

バンナイは、チラッと階段の上を見あげてみると、

ホムラが、大変な事になっていた…!


ホムラ「やべ、なんだ…」


ホムラが、グラグラしてる…!

ホムラの履いてたゴム製のサンダルが片方脱げかかってる。

巻き散った灯油で滑っているのだ。

バンナイは思った、逃げるなら今しかない…のだが。

ホムラは慎重に横に移動し、階段端まで来ると一度バンナイを睨んだ。

バンナイ「Σあ、それやったの俺じゃないですから…!」

ホムラ「テメェが悪趣味な事するから、下に 気づくのが遅れた」

バンナイ「全くその通りです、すみませーん」

ホムラ「チッ…」


取りあえずホムラは、階段の"手すり"を使って降りようとしたのだが、

手を伸ばし、身体を支えるため力を入れて握った 手すり…、

なんと そこにもベッタリと灯油がまとわりついていたようだ、

ホムラの体重がかかった手が、腕が、ツルっと先へ滑った。

ホムラ「Σ…ッ!」

これは意地なのか、

さすがに団員(バンナイ)が正面から見てる手前、

幹部(ホムラ)が滑って転ぶなどという事は あり得ないらしく、

下へ下へと滑っていく勢いにのせて、ホムラは、

灯油まき散る階段をタッタッタッタ・・!と、

何としてでも転倒せんように駆け降りた。

それを正面から目の当たりにしたバンナイは、思わずリスペクトした。

何せホムラの足元、裸足にゴムサンダルなのだ…。

ホムラが接近してくる、


ホムラ「テメェ、そこを どけェ…ッ!」

バンナイ「Σええ、ごめんなさい、無理なんです!」


ほんの数秒の出来事である、

ホムラが駆け滑り降りながら、空いてる手を横に振り"避けろッ"とジェスチャーした、

ホムラのスピード・コースは階段から一直線、

その先に、なんと突っ立っているのがバンナイなのだ、

いやいや・・あのスピード避けられない!

バンナイは、避ける努力は止めてこう考えた。

…たまには巻き込まれるのも、良いかもしれない…

一方ホムラ、

駆け降りてる、

しかし真正面を遮るバンナイから退く様子が感じられず、

ならば自分が!

階段降りた所でカーブするしかないと判断した、

ホムラは階段を素早く降りきった所で、少し横に流れてそのまま失速させようと、

した はずが

アクシデントの発生!

灯油でぬれたホムラのゴムサンダルが、

片方シュルリと嫌な方角に脱げていった、

その脱げたゴムサンダルにつまずいて、ホムラはついに、

バランスを失った。物凄い勢いで倒れる、


すぐ正面に、バンナイが怯えた顔で立っていた。




巻き込む、巻き込まれる…!

顔を突き合わせた二人は同時に、声にならない悲鳴を上げた。





☆ミ





ホムラ「…。」

バンナイ「…ッたあ」


ハァ。


ホムラはバンナイの上で、深いため息をついた。

バンナイ「あの…まず、どいてくれとは言いませんが…」

バンナイが苦しそうな声を出した。

バンナイ「か弱い俺の肋骨に、あんたの肘が刺さってます」

グギギギ…

バンナイ「人の上で頬杖つくの止めてもらえます、何タメ息ついてんの」

ホムラは無視した。

ホムラ「テメェ。 何故どかなかった。ぶつかっちまっただろ」


二人が衝突した拍子に、やはり灯油のついた靴が滑ったバンナイが、

まず仰向けにステンと倒れた。

そこにホムラも一緒に倒れていって、その上から押し潰した。

今も押しつぶしてる。


バンナイ「こっちにも事情があったの。みて、床、灯油かかってるでしょ」

ホムラ「灯油? 灯油をまいたのか、テメェ…俺の組織に謀反か」

バンナイ「Σいや、あんたのマグマ団なんか燃やしませんよ、これは事故です!」

ホムラ「灯油か、まずいな…これからバクーダ探しにいくつもりが」

バンナイ「あ、危ないですね…一度戻って流した方が良いですよ」

ホムラ「テメェのせいだ」

ホムラがムッとして顔を近づけた

バンナイ「う・・わ」


近い、物凄く。


よく、ホムラの事は観察してた。

結構、傍に寄ってみて日常の反応を伺っていたりする。

でもあまりに近寄りすぎたり、間違えて正面に立ってしまうと、

容赦ない罵倒浴びせられるので、いつも横とか後ろからとか。

そっと観察してるのだ。

真っ正面から、しかもこんな間近にホムラの顔を見たのは初めてだった。

思わず、

バンナイ「格好良いなぁもう…」

言葉が洩れてしまった。


ホムラ「何言ってんだ、さっさとどけ」

バンナイ「ホ、ホムラさんがどかないと俺が動けないの…!」

バンナイが声を張り上げた。

ホムラ「煩ェ…」

ホムラが両手を床について、ゆっくり伸ばした。体を起こそうとしている。

丁度ホムラの両腕に、身体の左右を挟まれる形となったバンナイは、

考えたくないが、これは何だか自分が無防備な姿だなと感じた。

バンナイ「早く、どいてよ」

ホムラ「…あ?」

ホムラの目線が、下のバンナイを睨んだ。

バンナイ「馬鹿みたいですよね、こんな暗いところでさ」

ホムラ「いや、別に…」

…何も考えていなかった。

バンナイ「下っ端が、掃除しに来るんですよ、早くして下さい」

ホムラ「そうか」

ホムラの片方の眉が、上へ動いた。

…知っている、何か悪だくみが浮かんだ時の仕草だ。

ホムラは体を起こすと、少し横へずれた。

バンナイが痛々しく体を起こすのを眺めている。

…せっかくの団服が灯油まみれだな、それにどこか痛めてる可能性がある。

珍しく、弱い表情をしてる…そのバンナイがチラッと顔を上げて、見てきた。

ホムラと目が合う。

…何を、意識してんだかっ、

思わずホムラは、バンナイの胸倉あたりの服を掴み、力ずくに引き寄せた。

バンナイ「…!」

ホムラ「…これっきりにしろよ」

そして、今度はグッと押しつけて、再び床にバンナイを倒した。

バンナイ「な、何するわけ…!」

ホムラ「何も」

ホムラはバンナイを見下している。

バンナイ「…。」

ホムラ「…。」

バンナイ「も〜…止めてもらえます?」

バンナイが耐えられなくなって、視線を外した。

ホムラ「灯油まみれて、反省しろ」

勝ったホムラは床の灯油を、バンナイの顔に塗りたくった。

バンナイ「Σギャー!馬鹿じゃないの!?顔はだめ、顔は止めて下さい!!」

ホムラ「テメェ、何してんだよ」

バンナイ「Σアンタだよッ!!!!」

ホムラ「…さて」

ホムラは、膝をついてゆっくりと立ち上がった。

バンナイ「何、風呂いくの?」

ホムラ「着替える…その前に」

ホムラは灯油が流れていない床を選んで、何かを投げた。

バンナイ「何、ここでまさかのポケモンですか」

ホムラ「…グラエナ」

部屋から連れてきていたグラエナだ。

ホムラ「俺の部屋から、一式服を持ってこい、いつもの場所にある」

ホムラが私室のカードキーをスライドさせて投げた。

グラエナはしっかり口でキャッチした。

バンナイ「うわ、偉いなあ〜!」

ホムラ「俺はすぐ近くの風呂場にいるが…灯油の臭いを辿れるな?」

早くもグラエナは、灯油の臭いに参ってきている。

ホムラ「服を届けたら、マツブサの牛を探せ、俺もすぐ行く」

バンナイ「…あの、ちゃんと通じてるの?」

ホムラ「問題無い」

利口なグラエナは、施設を回って上層を目指した。


近くに風呂場、大浴場がある。

ひとまずそこに寄って軽く流してから、後を追う事にした。

ホムラがひとりで歩きだすと、背後からニュッと腕が伸びてきて、

胸元あたりに絡みついた。

ホムラ「…おい、何してんだ」

バンナイ「責任取って下さい」

ホムラ「ハア?」

バンナイ「ホムラさんが北階段来なかったら、こんな汚れなかったんです」

ホムラ「知るか」

バンナイ「俺も風呂、連れてって下さい」

ホムラ「勝手に行けよ」

バンナイ「フン、勝手に行きますよ。俺が上がるまで、外で待ってなよ」

ホムラ「…俺が外だ?」

バンナイ「当たり前だろ、また力任せに押し倒されちゃかなわねぇ…」

ホムラ「しねぇし、してねぇよ…」

ホムラはウザったくバンナイを振りほどいてたのだが、

何かを見つけて、顔を引きつらせた…。


先ほど怒涛のごとく駆け降りた階段の上から、

ひとりの団員が、モップを持って固まっていた。

一連の、二人のベッタリ具合を目撃してしまったらしい。


ホムラ「忘れろ。吹聴したら………  解かるな?」

とりあえずホムラは釘刺した。

 灯油運びの団員「了解でありますっ!」

ホムラ「で。何故モップしか持って来ないんだ、バケツその他も必要だろ」

団員「あ…」

ホムラ「 シバくぞ

団員は、ビシッと敬礼したまま失神した。





本部、中庭。


メガホンを持ったマツブサが徘徊していた。

マツブサ「バクーダァァァ、どこ行ったんですかァァァ」

その後ろをゾロゾロと、下っ端団員が追って、

最後尾には、耳元を押さえながら歩くホカゲの姿があった。

ホカゲ「おーい、血圧あがるぞー、マツブサよー…」


真冬の運動会か。

本部の大浴場(24時間入浴可能)。

窓を少し開けている。

湯船につかりながら、ホムラは窓の外の音を聞いていた。

…まだバクーダが西から移動していなければの話だが、

ホカゲはうまい事やっている、騙し騙し人間を東の方に集めてるのか。

…とんだ足止めを食らったものだが、たまには内湯も悪くねぇ。

ホムラはのんびり目を瞑った。

実はとても眠いのだ。

あまり長湯はできない、このまま落ちてしまう。


灯油で滑りながらも、風呂場に辿り着いた。

団員は出払っていて、誰も居なかった。

あの警備の団員…ホムラが私室の前で からかった真面目な奴の姿もない。

確かに"風呂に行く"とか呟いていたはずなのだが、すれ違いもしなかった。

もう あがったのか…?

あの警備の団員は、誤解したまま湯に浸かり、身綺麗にして風呂を出て、

もしかしたら今頃、自分の部屋の戸の前に立って待ってるかもしれない。

…知るか。

若干 不安を感じたが、ホムラは考えるのを止めた。

浴場の外で、声がした。


 脱衣室待機のバンナイ「グラエナ、服持って来ましたよー、って、早く出ろよ!!」

ホムラ「下っ端は、幹部より先に風呂に入れねぇんだよ」

 脱衣室待機のバンナイ「いやいや俺、幹部だからッ!いい加減認めてよ!!」


ホムラが深呼吸して目を開くと、目の前を黄色いアヒルさんが泳いでた。

ホムラ「アヒルも頑張ってるな、俺も頑張ってやるか…」

どうも眠気のせいか、ホムラにしては珍しい独り言をつぶやいた。


しっかり脱衣所のバンナイに聞こえていた。

バンナイ「やだー…顔に似合いませんよ!」

 湯船のホムラ「…煩ェ」





西、マグマ団旧棟。


本部施設を出て、外壁に囲まれた敷地内を西に歩く。

行く手には、雑木林が見えてくるが、まず、畑がある。

マツブサが、ささやかな数の野菜たちを育てている。

土いじりは無心になれるらしい、季節ごとに収穫したものは、

たまにマグマ団食の献立にエントリーする。


畑は、ヒズメの跡が一直線…無残に踏み荒らされていた。

根菜のカブの葉が、ちょこっとだけ食べられていた。


畑を過ぎて、更に奥へ歩いていくと、

雑木林にのまれそうな、古い…とても古い建物がある。

通称・マグマ団の旧棟。

組織発足当時、マグマ団はこの建物からスタートした。

もはや現在、知る者はほぼいないのだが、

元々フエン一帯の地主一族だったマツブサ邸を改築した。

マツブサはひとりで、持て余していたのだ。

不便な田舎こそ世間からの隠れ蓑だと団員を呼んだ

立派な洋館で、ここが機能していた頃は独特の雰囲気があった。


バトラー博士は、エントランスの装飾柱をなぞった。

埃をまとっているが、昔のままだ。

マツブサに誘われ、ミナモからフエンに来た。

日本に来て、更にその奥地まで来てしまった…と、

移動の際は後悔していたのだが、

この旧棟…屋敷を見て回った時は感動したのを覚えてる。

つまり、創設の頃から自分は居たのだ。

組織が拡大していって、旧棟では足りなくなった。

土地は沢山余っていたから、今の、マグマ団本部を建設した。

そしてそちらに移動すると、更にまた、団員は増えた。

ホムラがやってきた。

…。

バトラーは、記憶に耽っていた。

本部施設とは離れているので、静かだ。

この旧棟は、自分が戻って来るまで本部の奥にヒッソリと放置されていた。

そして驚くほど、ボロボロに朽ちていた。

こんな旧棟は取り壊そうと思えば、出来たはずだが、

現在の組織の上層部でも、誰も手をかけなかったようだ。

それなりに、設立時の旧体制に敬意を持っているのだろうか。

バトラーは、半ば強引にこの旧棟の権利を貰いうけた。

建物を修繕しながら、自分の連れてきた研究者を住まわせている。

昔から、団員と研究チームは根本的に人種が違う、

事情が変わった現在も一応そうやって仕切った方が良いと考えた。

それでね…、


バトラー「手が汚れた」


思い出に浸っておいて、バトラーは積もった埃に苛立った。

白衣の、何故か袖の中からスーッと白いハンカチを出すと、

念入りに手を拭った。

そしてハンカチは、床にハラリと捨てた。

バトラー「誰か、掃除しておいて下さいね」

深夜でも室に籠って研究に没頭する部下達に言った。

最近の研究は、もっぱらバトラーの趣味の手品グッズの開発だった。

しかし侮るなかれ、科学技術を大いに活用している。

バトラー「甘い物が食べたい…」

急にバトラーは糖分を欲した。

本部施設の方に、何か分けて貰って来ようか…

旧棟にも調理室はある、が、住み込んでいるのが全員研究者なので、

管理はズボラだった。型の古い冷蔵庫の中の物は、

殆どが賞味期限を切らして、危ない。

この間、ミルクが黄ばんでいた。…もう嫌だ!


バトラー「私は不幸だ…」


バトラーはさめざめと、ひとりで泣くふりをしてみた。

研究者たちは、どこかで聞こえているはずだが静かにしている。

ほぼ毎日、深夜帯に訪れるバトラーのワガママ・ショーだった。

正面の壁が、大きな鏡張りになっている。

さりげなくパフォーマンスの、練習してるのだ。

バトラー博士は少々活動しずらい状態だが、マジシャンでもある。


 モウ。


バトラー「え?」


バトラーはビックリして、ぜんまい仕掛けの小鳥を飛ばした。

その小鳥もビックリして、上空でポン!と自爆した

このバトラー博士のお遊びタイムに、今夜は珍しく参加者がいるようだ。

バトラー「え、お客さんですか!どこにいるんです」

バトラーの顔が、パァと明るくなりエントランスを駆けだした。

バトラー「どこだろう、どこ?」

バトラーが歩いたり屈んだりするたびに、エントランスの置物が、

開いたり、飛び出したり、変な煙を出したり、浮かんだりした…。

バトラー「これは困った…違う部屋にいて、隠れているのかな?」

バトラーは玄関正面の真っすぐのびた、直階段の脇へ寄った。

横に設置された箱のようなものの蓋を、パカッと横へ開いた。

中から、コードのついた三角型のレトロ受話器を引っ張りだすと、


バトラー「お客さんを探して下さい」


と、ひとこと言ってガチンと切った。

これは館内に響く、館内放送だ。

つまり、現在も本部でマツブサが私用してる全館放送の初代版である。

これを設計して整備して作ってやったのは、万能博士のバトラーだったりする。


 モウ。


まただ、また、声が聞こえた。

バトラー「…動物かな?」

裏が林で、煙突山に通じているので…野性のポケモンが迷い込んだ可能性もある。

バトラー「おや、仲間は誰も動きませんね。全く、薄情な人たちです」

博士に関わるとロクな事がないのだ、研究者たちは皆 気配を消している。

バトラー「まあ、いいです…グラエナ!」

何もない手の平から、綺麗に磨かれたボールが現れた。

バトラー「あ、これはグラエナではないです、中にいるのが私のグラエナです」

何だかよく解からない日本語をひとりで話しながら、

バトラーはスイッチを押した。


美しく毛並みを整えられたグラエナが、バトラーの前に控えた。

バトラー「もう解かってるね、探して欲しいのです」

グラエナは、その場でクルッと一周回ってみせると、

チラッとバトラーと目を合わせてから、しなやかに走っていった。

バトラー「だめです。リボンの位置がずれていた…!」

バトラーは気難しい顔をしつつも、優雅な足取りでその後を追った。





バンナイ「湯冷めする…」

ホムラ「足跡は直進してる、このまま林に一直線だな…牛め」


汚れを落とし、新しい服へ着替えた二人はバクーダ探しを始めた。

ホムラはグラエナに頼んだ幹部服を。

バンナイは自室が近かったので、結局 ホムラの長湯待ちの間に、

一旦戻り自室のシャワーを浴びて戻ってきた。


バンナイ「放っておいても、じき見つかるんじゃないですか?」

ホムラ「なら、帰れ。お前は不要だ」

バンナイ「すっかりいつもの調子に戻っちゃった…任務なの?」

ホムラ「…違ェよ」

ホムラはサーチライトの光で、バンナイの目を狙った。

バンナイ「Σすっげ、眩し!!」

ホムラ「…進む」

バンナイ「はーい」


ホムラは嫌な予感がしていた、バクーダの足跡は向かっている。

このまま先に行くと、"旧棟"がある。

旧棟には… "奴"がいる。


バンナイは、さっとシャワーで流し、髪を乾かす暇もなく出てきた。

畑がどうのと口走ってたホムラの後を追うために。

濡れてる長い髪が、夜風に当たって寒いのだが・・我慢してる。

何となく、ホムラといると面白い事に気づいた。

いつもはホカゲがくっついてツルんでいるので行けないが、

こういう機会は逃すべきでない。

そしてバンナイも予感していた、バクーダの足跡を調べると、

どうも旧棟…というやつに向かっている。

旧棟というのは最近、バトラー博士が率いてきた科学者達が使ってる。

もしかしたら、いまこの時間もバトラー博士が滞在してるのでは。

博士は夜型で、明け方まで研究に没頭し、日の出と共に朝眠る。

規則正しい…夜型なのだ。

本人から聞いてるし、他に浮ついてる団員達からも聞かされた。

バトラーに興味を持っているので、たまに訪ねて接触してる。

自分が入団する以前の、マグマ団などに興味を持ってるから。

しかし、あまり教えては貰えない。はぐらかされてしまう…、

ホムラが口止めしてるのか、ホムラにのために秘密にしてるのか。

何だかそんな気がしてならない。

マグマ団で疎外感を感じる、いつもそう。

単独を好む自分が疎外感というのもおかしいのだが、

ホムラは中心人物で、様々な人物と深く関わりを持っている。

本人は無頓着だから、否定するだろう。

関わりが浅いのは、多くの団員そしてバンナイ。

この組織は、本っ当に変だ。

どう、相関図が展開しているのだろう。

はっきりとスローガンを掲げているものの、

まるで進める意欲が無い、変な組織。

バンナイは、先を歩くホムラの後ろ姿をジッと眺めた。

…自分が入団した理由は、もう薄れてきた。

ならばしつこくバトラー博士に近づく理由は、

やはり気になるからだろうか。

"過去"という奴が。


ホムラ「旧棟の裏手に回ってる…」

バンナイ「行きますよね」

ホムラ「勿論」


西側の警備が手薄だ。

見まわりする警備の団員が、居ない。

あからさまに東側に集中してる。

バンナイ「ねぇ、こんなでいいんですか」

ホムラ「何がだ」

バンナイ「何かある度に、持ち場ほっぽり投げて行っちゃう」

ホムラ「…。」

バンナイ「監視、ゆるすぎません?泥棒に入られちゃいますよ」

ホムラ「入っても、盗るものが無ェだろ」

バンナイ「あ…はい。Σいや、マツブサさんの財産とか…」

ホムラ「下らねェ」

バンナイ「下らなくないです」

ホムラ「ただの泥棒が、上層に侵入できたらな」

バンナイ「あ…そうですよね」

ホムラ「あと、テメェが…(気付くだろ)」

バンナイ「はい?」

ホムラ「しかし戻らねェな…グラエナ」

バンナイ「そうですよ、ホムラさんのグラエナどうしちゃったの?」

ホムラ「構わない、戻らないという事は、旧棟にいるんだ…どちらも」

バンナイ「はあ、どちらも…?」


古びた建物、旧棟が見えた。

裏手は半分程、林の枯れ草木にのまれている。

回り込むとなると、あの暗い緑の中に入る事になる。

バンナイ「風呂入ったのに…」

ホムラ「知るか」

ホムラは長く伸びた草を、大きく跨いだ。

バンナイ「ストイックだなー」

バンナイも続いた。

旧棟の合鍵を借りてきたが、裏口の場所まで行く必要はなかった、

林に入ったすぐ横の車庫入口が老朽で崩れて、

ポッカリと穴があいていた。

辺りをライトの光で探ると、ずっと下に生えてた草が、

何か大きく重いものに踏まれて曲がっている…

それがその穴の入口に向かってずっと続いてた。

バクーダが通っていった痕跡だ。

ホムラ「中へ入れそうだ、しかし酷い状態だ…」

バンナイ「荒れ放題のここ、壊さないんですか」

ホムラ「ああ」


広い車庫は、ただの空間だった。

奥に旧棟の内部に通じる観音開きの内戸があったが、

片側の戸が外れていて開きっぱなしだ。

そこからついに、二人は旧棟に踏み入った。

すぐ出たところは廊下で、二手に分かれている。

一方の先には、どこか部屋に通じているのか扉がある…しかし閉じている。

もう一方は、少し左に周りこむようだ。

とにかく、埃っぽかった。

廊下の古い壁紙なんか剥がれるどころか めくれてきている。

全く手つかずの状態らしい。

ホムラは平気なようだが、バンナイは大いに顔を歪めた。

バンナイ「やな仕事」

ホムラ「左だな、進んだ先は地下か…」

バンナイ「地下があるんですか」

ホムラ「昔の研究施設だ」

バンナイ「あのー…ホムラさんって、いつからいるの?」

ホムラ「どこに…」

ホムラが見えない所で あくびした。

バンナイは緊張してたので、ちょっとビックリした。

バンナイ「…マグマ団に」

ホムラ「俺が入った時は、もう今の本部ができてた」

バンナイ「じゃあ、その地下ってのに入るのは初めてですか?」

ホムラ「そんな事は無い、何かと… まあ、いい進むぞ」

バンナイ「え、秘密が?」

ホムラ「…別に」

バンナイ「何かここ、お化け屋敷って感じですよね"森の洋館"ならぬ、林の洋館」

ホムラ「何の話だ」

バンナイ「Σえ、知らないの"森の羊羹"。シンオウ地方のあやしい銘菓ですよ」

ホムラ「…ヨウカン?」

バンナイ「あ、こんがらがってる!」

ホムラ「…。」

ホムラが立ち止まってバンナイを睨んだ。

バンナイ「ごめんなさい」

ホムラ「もしかすると…マツブサの牛はもう、駄目かもしれん…」

バンナイ「ん ん ん… 何かおかしいです今の発言」

ホムラ「いや…だが…地下が機能してるとは、限らんしな…」

バンナイ「Σ地下ですか、その地下ってのは何なの!?」

ホムラ「昔の研究施設だ」

バンナイ「さっき聞きました」

ホムラ「足跡がある」


ホムラはサーチライトで、足元を照らした。

埃の積もった床に、いくつか痕跡が残っている。

まず真新しい大きなヒヅメ跡、これは確実にバクーダだ。

そして、肉球・・の跡が沢山ある。

これをグラエナの4本足だと仮定すると、2匹分を確認できる。

一匹はホムラのグラエナだろうが、バンナイは首を傾げた。


バンナイ「どちらもグラエナで間違えないですか?」

ホムラ「俺が見間違う訳が無い」

バンナイ「もう一匹は?」

ホムラ「奴のだ…、見ろ」


ホムラが、最後に人の足跡…靴の跡を照らし出した。

この靴型は、同じものがいくつかあった。

真新しいものから、少し日が経過したものまで、日を分けて何往復かしている。

たった一人の人間が、この研究施設に続く道を行ったり来たりした跡だ。


ホムラ「俺より小さい」

ホムラは その靴跡の横に自らの足を置き、比べた。

ホムラ「そして底の裏の形状が、俺達 団員の靴とは違う」

バンナイ「少しヒール部分があるね、底裏も洒落てる…」

ホムラ「私服でこんな場所うろつく団員はいねぇな」

バンナイ「いないですね、近年まだ誰も立ち入ってない場所の唯一の足跡か」

ホムラ「奴だ」

バンナイ「博士?なるほど、そりゃバクーダが心配だ」

二人は、気づいた。

バクーダのものと思われるヒヅメの歩いた跡に、

その人物の靴跡が、いくつか上から重なっている。

ということは、つまりその人物もバクーダを追っていった事になる。

グラエナを2匹従えて…。

ホムラ「すべて足跡は戻ってない、行ったっきりだ…」

ホムラはサーチライトの光を、廊下の先へ向けた。


二人は、朽ちた廊下内を進み、突き当たった角を曲がった。

途中、部屋がいくつかあったが、どれもピタリと戸が閉じられ、

誰かが、わざわざ開けて入ったような形跡は無い。

道なりに進むと、地下へ続く木造の階段が現れた。

ずっと足跡が続いてる。

階段は下に降りるにつれ地上の、館内の光は届かなくなるようだ。

しかし暗い階段の先から、ハッキリとした気配を感じた。


地下に降りた。


降りてすぐの廊下を挟んで、正面向かいに3つの部屋が並んでいた。

今いる廊下と この3部屋の他に部屋は無さそうだ。

旧棟…横長の、広い建物の面積から考える…、

その地下に、部屋がたった3つだけ。

ということは、これら1部屋ごとにかなり広い間取りとなる。

この地下の3部屋は、ホムラの言うところによると全て研究室であり、

各部屋の表札には1〜3の番号がふられていた。

これが昔の研究室かとバンナイがライトで照らして眺めていると、

ホムラがスッと先に出て、

迷わず3号室の扉をギィ・・と開いた。


ホムラ「そのまま、動くな!」


ホムラが言い放った、3号室は真っ暗闇だった。

ホムラはサーチライトを使い、室の中央、四隅と順に照らつけた。

続いて、床・天井。

バンナイ「居ない…?」

ホムラ「いや、居る」

…分からない。

バンナイ「照明弾はダメ?小さいのありますよ」

ホムラ「引火の危険がある」

バンナイが何かゴソッとやるのを察知して、軽く手を掲げて制止した。

何が置いてあるか分からないのだ。

バンナイ「でもバクーダが先に入ってるなら…」

ホムラ「この暗闇で、バクーダが活動してるように見えるか?」

バンナイ「じゃ、やめときますね」

ホムラ「場所も場所だが、…バクーダ探しには危険だ、そんなもん持ち込むな」


バンナイは壁を触って、照明のスイッチを探った。

バンナイ「あれ、見当たらねぇな…」

…見当たらない、か、全くだ。

ホムラはサーチライトを動かす手を止めた。

そもそもバクーダは全長2メートル近くあるのだ。

さっきバンナイに「居る」とは言ったものの、撤回したい。

…埒があかない、他の部屋を探すか。

ホムラは一度、3号室から出る事にした。

バンナイ「Σあ!置いてかないで下さい」

ホムラは、部屋の扉に手をかけ、…開こうとした。

…硬い?


ホムラ「…閉めたか?」

バンナイ「…はい?」

…ドアを、来たときに、閉めたか?

…いや?俺は開けっぱですけど。

…ドアが、閉まってる。

…閉まってるって、鍵も?

…。

…えっ。


バンナイが前へ出て、ドアを調べた。

バンナイ「内鍵もあるけど、外側にも鍵穴がありますね」

ホムラ「研究を盗まれないようにと、確かに鍵はついてたはずだ」

バンナイ「今、鍵がかかる音ってした? …あ、見て下さい」

バンナイが、ドアと壁の隙間を 上から下に照らした。

バンナイ「ドアじゃなくなってらァ、ドアが壁の一部になってくっついてます」

ホムラ「ドアが…、俺達はここから入ってきたはずだが」

バンナイ「ええ、確かにここの扉から入りました。でも もう開きません」

ホムラ「"ドアでは なくなった"のか… ハメられたんだ」

バンナイ「トリックルームってやつですか、凄いなあ泥棒は閉じ込められました」

ホムラ「感心するな、ふざけてやがる」

バンナイ「博士の仕業ですかね」

ホムラ「当たり前だ」

バンナイ「ホムラさん、もしかして…何か博士を怒らせるような事を…」

ホムラ「ああ」

バンナイ「いつ、過去ですか?」

ホムラ「今も昔も」

バンナイ「じゃあこの場合の俺って、ただの…」

ホムラ「巻き添えだ」

バンナイ「Σ嫌だァ! で、出れるよね…?」

ホムラ「…。」

バンナイ「Σどこか絶対、抜けれる場所があるから!」


バンナイは、ホムラの手からサーチライトを奪って部屋を調べ始めた。

…こんな得体の知れない真っ暗な部屋に閉じ込めるなんて悪趣味な。

…何とか出る方法を見つけないと。

バンナイは、ひたすら照らして、触ったりして調べてる。

ホムラの方は、ドアをコンコンと叩いてみた、…反応はない。

バンナイ「連絡取れるものとか、持ってません?」

ホムラ「無い」

バンナイ「えー…」

端まで行きついたバンナイが帰って来た。

バンナイ「ねぇ、幹部のホムラさん。こういう場合はどうすんですか」

ホムラ「奴が仕掛けたのだとすると、この後の"筋書き"あるはずだ」

バンナイ「このまま向こうからのアクションを待つって事ですか」

ホムラ「しかし無いかもしれん、放っておけ」

バンナイ「永久に孤立!?それ困るなあ、ホムラさんが罠に掛ったんだから」

ホムラ「罠になど掛って、無い」

バンナイ「Σいやもう、まんまと掛ってるよ、まっすぐ3号室入ったでしょ!」

ホムラ「3号室が、昔のバトラーの研究室だった」

バンナイ「それ、罠だよね絶対罠だよね…何で躊躇しないの?」

ホムラ「…待て」


ギィ…


ホムラ達の背後で、擦れた音がした。

開かないとされたドアが、開いていた。

ホムラ「…。」

バンナイ「あ、お化けだ」

ホムラ「…勘弁しろよ、馬鹿げてる」

バンナイ「旧棟の、白い手のお化けでしょ…聞いてますよ」


マグマ団旧棟。

深夜地下の研究室に白い手のお化けが出るという噂である。(A話参照)

ホムラ「出るぞ。全く、全部アイツの自作自演じゃねぇか!」

ホムラが怒って、開いたドアから出てこうとした。

バンナイ「待って待って、ほらもう、そうやって罠に掛りに行くんだから」

バンナイがホムラの腕を引いた。

ホムラ「出るのが、正解なんだぞ」

バンナイ「Σちょ…!」

暗闇の中で、バンナイが噴き出した。

バンナイ「何あんたそんな、子どもみたいな事言っちゃって」

ホムラ「…。」

バンナイ「ホムラさん、意外と信じちゃうタイプだ」

ホムラ「そんな事は、無い」

バンナイ「あー、そう。分かった!ちょっと、俺に任せてよ」

バンナイは両手をかざして、ホムラを制止するような動きをした。

バンナイ「俺が確認しますんで、ドアを開けといて下さい」


バンナイがドアの外…先ほどの間取りの通りならば、

廊下と思われる所へ出た。

出た場所をライトで照らして確認すると、そこはやはり廊下であった。

しかし、行きに通ってきた廊下とは、様子が違う、


バンナイ「あ、階段が無い! わー驚き」


正面にあるはずの、さっき降りてきた地上へ繋がる階段が跡かたも無く、

そこはただの一面、壁であった。

バンナイ「ほらね、ホムラさん。不思議な事に…」


バンナイは、廊下側から研究室の入口を眺めた。

噂に聞く、"旧棟の怪談話"が忠実に再現されてある。

入った時、3号室となっていた部屋の表札は…噂と同じ、4号室と変わっていた。

バンナイ「一体、どんな仕掛けなんだろう、凄いや!」

バンナイが興奮して室内に戻ってきた。


バンナイ「さっきホムラさんが、何も考えずに出ていったとします…!」

ホムラ「…おい」

バンナイ「今の廊下に閉めだされるワケで、今度はそっちで密室だったよ!」

ホムラ「…おい、お前いつ移動した」

バンナイ「…え?」

ホムラ「そこは、違うドアだ」


研究室から廊下に出て、バンナイは今、

出た所のドアに再び戻ったはずだった。

同じ真っ暗な室内だが、ドアを押さえていたはずのホムラの姿は傍にない。

ホムラの声は、少し遠い右の方角から聞こえた。

少し離れた右の方に、片手でドアを押さえているホムラの姿が見えた。


ホムラ「そっち、4号室なんじゃねぇのか?」

ホムラが皮肉たっぷりに言った。

バンナイ「あ…」

ホムラ「…ハマったな」

バンナイ「ダメです」

バンナイのハートがしぼんだ、もう理解できない。

入ってきた時、こんな所にドアは存在しなかった。

同じドアに戻ったはずなのに、移動した場所に出てしまった。

バンナイ「解かりました、マグマ団は泥棒入れません…」

ホムラ「その通りだ、ちなみに今の本部の設計も博士がしたらしい」

バンナイ「一体、何者なんですかバトラー博士って」

ホムラ「それが解かってたら、俺も苦労しねェよ」

バンナイ「ホムラさーん、俺達ってここで終わりですかー」

ホムラ「煩ェ、話しかけんな」

バンナイ「俺、こっちのドアからもう一度だけ出てみます… せーの!」

ホムラ「おい、待て…!」

ホムラの制止を聞かず、

バンナイは、いま入ってきたドアを素早く開けて、再び出た。


バンナイ「Σあ…あった !」


すぐさまバンナイは、前方をライトで照らして確認した。

"本物"の、廊下である。

正面に、地上へ続く階段がある。

手前の研究室の、部屋数は…123号室まで!

自分が出てきたドアが、3号研究室だった。

バンナイ「正解です、ホムラさん…!」

バンナイは、3号室の中でドアを押さえているはずのホムラに向かって言った。

バンナイ「やっと出れましたよ、悪夢は終わりました…なーんて!」

…。

返事がないので、

バンナイは3号室の開いたままのドアから、中をのぞき込んだ。

バンナイ「この期に及んで からかうの、やめて貰えます…?」

…。

バンナイ「ねぇ、この機会を逃すと きっともう出れませんよ?」

見当たらない。

ドアの傍に、ホムラは居ない。

バンナイ「…あれ」

バンナイが怪訝そうに顔を歪めた瞬間、パッと部屋の照明がついた。

バンナイ「Σうわ!」


部屋の中央に、バトラーが立っていた。


バンナイ「は…、博士?」

バトラー「やーっと見つめました、お客さんを」

にっこりと笑っている。

そのバトラーの背後から、2匹…グラエナが現れた。

バトラー「どうしたんです、驚いたように私の顔をみて」

バンナイ「な…何なんですか…」

バトラー「ええ、バクーダが迷い込んでいまして」

バトラーの背後から、"例の"バクーダがノッソノッソと現れた。

バンナイ「いや、不可能でしょ…」

バクーダのあの大きさが、バトラーの細いシルエットに隠れるはずがない。

バンナイ「まさか…後ろの空間に、何か仕掛けが?」

バトラー「さあ、行きましょうか…」


バトラーは肩をすかしてみせ、ポケモン達に合図した。

バトラーが先頭を歩きだすと、まずバクーダが続き、

その後ろをグラエナ2匹が仲良さそうに絡みながら走って追った。


バンナイ「グラエナって、バトラーさんのですよね?」

一匹のグラエナが首につけてるリボンが目に止まった。

バトラー「そう、2匹とも私が仕込みました!」

バンナイ「いやいや片方、ホムラさんのですよね、やたらワイルドな方…」


一瞬の、間があった。


バトラー「…いいんですか、」

バンナイ「え !?」

バトラー「君…置いてっちゃいますよ?」

バンナイ「Σわ そりゃ困る!!」

一番に廊下に出たバトラーは、もう階段を上がり始めている。

慌ててバンナイは、無人となった3号研究室を見渡した。

照明がついて、初めてこの不思議な研究室の全景を見た。

思い描てた程ではない、意外と狭い。

実際に調べてみて何もない…はずだった、

しかし中央に古びた実験台が2列。壁際に水道と長机。

奥は、すべて空の資料棚と空のケース。

いや。自分達が入った3号室は、進行方向に障害物は何もなかった。

なら、どこだ。

最初に入った研究室は何だ。

ホムラの姿が無いじゃないか。

ならばこう考えられる、

最初の部屋…つまり、

いまホムラが残っている場所ってのが…、

4、ごう  しつ。


バンナイは…、

余計な詮索は…、

止めにした★


バンナイ「博士〜、それマツブサさんのバクーダなんですよ〜」

 遠ざかるバンナイ「東側に皆さんいると思うんで、案内します〜」

  どんどん遠ざかるバンナイ「ご褒美でるみたいなんで、仲良くしましょ〜」





本部、中庭。


マツブサ「Σああああああ、バクーダごめんよぉぉぉ!!」


マツブサが、バクーダにすり寄った。

マツブサ「悪かった、悪かったね…!」


時刻は午前5時。

本部の中庭に、マグマ団員が集結していた。

野外照明や暖房が運び込まれ、捜索本部が設営されていた。

この組織を上げてずっとマツブサのバクーダを探していたが、

先刻ついに、無事・発見されのだ。


ホカゲ「そうだぜマツブサ、おめーが悪い」

バンナイ「もう、マツブサさんズビズビじゃないですか…」

ホカゲ「しっかし…なあ」

ホカゲの視線が、チラッとバトラーをみた。

ホカゲ「お手軽でしたな、ハカセ」


バトラー「ハイ?」


バンナイ「いや お手柄でした、博士。こうしてめでたく一件落着です」

マツブサ「みんな夜通しありがとうね…」

マツブサが綿のハンケチで涙を抑えた。

バンナイ「一応…聞いてもいいですか、脱走の理由ってのを」


マツブサ「夕食を間違えたんです」


ホカゲ「…」

バンナイ「あのホカゲさんが、呆れた目線を送ってる…」

マツブサ「いつも有機の野菜を与えてるんですが、ね」

マツブサがバクーダを愛おしそうに撫でた。

お騒がせのバクーダは、ポワンとした顔で夜明けの空を見上げてる。

バンナイ「なにあの牛、むかつく。ヤドンの遺伝子組み換えですか」

 バトラー「いいえ、メリットがありませんよ」

バンナイ「Σ小声で的確に返された…!」

マツブサ「手違いで、野菜…下の食材と入れ替わってしまって…」


マツブサの言い分としては。

マグマ団長のポケモン達は 日々、

だいぶ良い物を召し上がっているらしく、

本日はたまたまの手違いで、下々の団員に配給される食事用の食材が、

野菜のそれらに混じって違ってしまったらしい。

団員達は、アチャー…と思って 隠ぺいした。

代わりとしては大幅にランク・ダウンだが、

マツブサのポケモンたちに、そこらの野菜でエサを作って与えてみた。

それが全く、ダメだった。

特に、このバクーダが…

目で見て、鼻で嗅いで、プイ!それっきりだった。

バクーダは最後の夕食(エサ)の時間に何も食べれなかったので、

深夜、おなかがすいて中庭のゲージを破って脱走したらしい。

マツブサのポケモン管理(お世話係)をしていた団員達は、

すぐさまゲージの異変に気付き、バクーダの後を追ったのだが…

そこに突然、

上空から平たい板状の物体が、1枚2枚と連続して落下してきたらしい。

団員達は、恐怖のあまり一時避難したという。


ホカゲ「…。」

ホカゲは知っていた。

目を細めて、その様子を想像してみた。

網戸だ。

それが網戸という事に気づいて、団員達は怒って上空を見上げる。

(幹部の部屋の網戸だ、ホカゲが落とし・・その後ホムラも吹っ飛ばしたやつだ。)

「いや待て」・・と恐怖に怯えた声が上がる。

この場所の遥か上部に、"ホムラ幹部の私室"があると知ってる団員がいたとする。

団員達に、恐怖が伝染する。

網戸の落下は、天罰か。

団員達は、食材混合の隠ぺいを、

ホムラが全てお見通しと勘違いして、大慌てしたに違いない。

バクーダ、どこだ!…と探したが、そんな頃にはもう見失っていた。

と。

ホカゲは確信した。

…おお!なんと哀れな下っ端ども!!


その通りだった。

監視カメラには、団員達をしり目にノンビリと去っていくバクーダの姿が映っていた。

そしてその後、食いしん坊のバクーダは脱走途中に畑に引き寄せられ、

マツブサの作った作物をかじってはみたものの、

イマイチだったらしく・・更にエサを求めて、

裏山へ続く林の方へと移動したものと思われる。

そして見えてきた旧棟の、窓からもれる灯りに誘われ、

オンボロ車庫から侵入し、ひらけた通路にそって進んでいたら、

最後に地下室で行き止まったようだ。

疲れたバクーダはそこでお休みした。


バトラー「ええ、ご無事でなによりでした」


バトラーが、嘘くさい綺麗な笑顔を浮かべた。

それを見たバンナイは、なんともゾッとした気分になった。

ホカゲ「ちぇ。 博士、おめでとうございます、懸賞金でます」

バトラー「そう? ありがとう、それは頂きましょう」

マツブサ「バトラー博士、本当にありがとう、君のお陰で…

バトラー「幾らですか?」

美しい笑顔で、バトラーが間髪入れずに訊いた。

ホカゲ「Σえげつない」

思わず聞いてたホカゲが身を乗り出した。

マツブサ「Σど、どの程度あれば宜しいですかね」

マツブサは揺さぶられた。

バトラー「はい、旧棟の修繕費と…そうですね、」

…ふ ふ ふふ。

バトラーは腹の底から、低く乾いた声で笑いをもらした。

マツブサ「あわわ…」

ホカゲ「Σマツブサよ、心と財布の紐をしっかりと持つんだ!!」

バトラー「部費が、欲しいな…、マグマ団手品倶楽部のね」

手品倶楽部とは、先ほどの旧棟を占領して不透明な活動をする、

バトラー博士信仰会の事である。

ホカゲ「Σその怪しい手品クラブっての、本当に活動してんすか!?」

バトラー「してますよ、入れたり出したり消したり…」

ホカゲ「じ、人体実験よくない」

バトラー「まだしてません! 君は失礼だ!!」

ホカゲ「Σ !!」

なにも悪くないホカゲが怒られた。

バンナイ「て…手品って、どこまでが手品なんでしょうか」

バトラー「私が思った所まで… そ・れ・と!」

¥。


マツブサ「ちょっと待って下さい、マツブサのソロバンが弾けそうです」


バトラー「お小遣いが、欲しいなあと、かねてから思ってまして…」

バトラーは恥じらうような表情と仕草で、マツブサを見つめた。

マツブサ「Σだしましょう!」

マツブサは胸を張った。

ホカゲ「止めろマツブサ、パトロン気質」

バンナイ「バトラーさんダメです、そんな言葉どこで覚えたんですかッ!」

バンナイがギョッとして、バトラーの肩を押さえつけた。

バトラー「生き抜くのが大変だったのです、…ホムラ君のせいです」

バトラーは目を瞑り、切ない声を出した。

…美人だなぁ。

その場の全員の心がキュンと鳴った。


ホカゲ「ホムラ…な」


ホカゲは、チラッと視線をやった。

バトラーの傍に、ピタッとくっついている2匹のグラエナがいる。

一匹、毛の長い方はホムラのだろうと思う。

…何かあったんだな。

友の身に起きた不幸を察した。

ホカゲ「どうか成仏してくれ…」

ホカゲは、両手を合わせてア〜メン…と唱えた。


マツブサ「そうだ、ホムラ君!」


マツブサも、その存在を思い出した。

マツブサ「それで、ホムラ君は見かけませんがやはり寝てるんですかね」

とても寂しそうにつぶやいた。

マツブサ「リーダーのポケモンが居なくなっても、心配してくれないの…」

バトラー「いいえ」

そこはバトラーが否定した。

バトラー「いいえ、真面目に捜索していましたよ、彼は夜 眠い子なのに…」

バトラーはホムラと会ってないはずだが、何故か事情を知ってるらしい。

バンナイ「どこかで…見てたんですね」

バンナイがうな垂れた。

ホカゲ「Σやっぱ何かあったのか…」

バンナイ「ふ、不慮の事故です…ッ!!!」

バトラー「ホムラ君は、そうですね…私が預かっています」

マツブサ「え、そうなんですか!」

ホカゲ「Σホムラみたいのを、預かれる場所があるんすか…」

バトラー「はい、あります。 お昼くらいまで預かりましょうかね」

バンナイ「どうぞどうぞ、好きなようにしてやって下さいね!」

ホカゲ「Σバンナイ君、何があった、どうかしたんか!?」


マツブサ「あの、今日はこんな状態なのでマグマ団はお休みにしましょうか」


ホカゲ「休みとな!賛成賛成つーか大賛成する」

バンナイ「ほぼ、マツブサさんのせいですけど…」

バトラー「では、急ぎますのでこれで。 また改めて、お伺い致します」


満足そうな顔で、バトラーがその場を去っていった。

連れてってもらえなかったホムラのグラエナだけが、

寂しそうにポツンと残った。


マツブサ「は、はい。金一封、ご用意致しときます…」

バンナイ「マツブサさん、頑張って…!」

マツブサ「マグマ団は今日を境に、傾きだすかもしれません…」

ホカゲ「Σなんと!」


バクーダ捜索本部、解散・撤収した。





日の出。


夜が明けた。

朝も過ぎた、

昼の正午。


ホムラ「最悪だ…」


マグマ団・旧棟の建物の前に、

やつれ果てたホムラが立っていた。


一睡もしてない。


…昼なのか。

日光が暖かい。

こんな高く陽が出ていたのも知らなかった、

長い時間、あの真っ暗な研究室で過ごした。

捜索の際に当初ホムラが持ち込んでたサーチライトは、

どさくさに紛れバンナイが持って出ていってしまった。

その後、取り残されたホムラはずっと独りで、

一体何が起きるか、予測つかずの暗い研究室で、

何時間も、何時間も・・神経を張りつめていた。


こうして、無事に出てきたものの、後味が悪すぎる。

しかも途中から…視線が、

誰かにずっと、暗闇の中で見られてるような感じだった。


ふっと気がついたら。

今、旧棟の前に立っていた。

陽が真上に昇ってた。


どうなっていたんだ。

ホムラ「誰かいたら、状況を教えてくれ」

誰も居ない、西側はただでさえ警備が手薄なのだ。

取りあえず、自分に出来る事は…。

ホムラ「風呂入って…寝るか」


ホムラは本部に向かって歩き出した。

ホムラ「腹減った…牛喰いてぇマジで」

この寝不足のテンションは、まずい…。

さっさと自分の部屋に戻るのが一番だと思った。

こんな状態では、仕事にならないだろう。


作夜の事、本人はすっかり忘れているのだが…、

ホムラの部屋の前では、とある団員がひとり、正座で待機してる。

ホムラに委ねる覚悟を決めた、大真面目な警備の団員が…。

昨夜からずっと、ひらすた耐えて待っている。


また、ひと悶着ある事だろう。


ホムラは、歩く。

まだ、知るよしも無い。





おわり











【ホムラさんをもっといじめてあげて下さい…!】

リクエストありがとうございました…☆















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