月 日




白い日差しが眩しい午前。


運行時刻通りのロープウェイが煙突山に乗り上げ停止すると、

開いた扉からまず先に、ホムラが現れた。


ホムラ「降りろ」

ホムラは中へ向けて手を差し出した。

バトラー「ひとりで降りれます」

いまだ後ろの座席で足を組んでいるバトラーは、フイと顔をそむけた。

こんな調子で、ふもとから山頂までの間、ひと会話もなかった。

ホムラ「遅れるな、もう一周する気なら別だが」

バトラー「え!それは困ります」

バトラーは軽く身づくろいすると、ようやく外へ降り立った。


降りたところで、お約束が待ち構えていた。

?「男のお客さん、外人さんのお客さん、フエン煎餅はいらんかね」


ホムラ「来た…」

バトラー「(出た…)」


煙突山ロープウェイ乗り場365日常駐のフエン煎餅売り子のオババが現れた。

売り子のオババ「焼きたて、おいしい、フエン名物、フエンせんべ…

ホムラ「貰おう、人数分つまり2枚だ」

ホムラは折りたたんだ千円札を手渡した。

ホムラ「釣りはいらん」

売り子のオババ「ツウじゃな、まいどありがとうごじゃいますじゃ」

ホムラはフエン煎餅をもらって、歩き出した。

これが正解である、正しい売り子のオババのあしらい方なのだ。

売り子のオババ「…なーんじゃ地元人か、儲けにならんわ」

チィ… オババの舌打ちが響いた。


ホムラ「聞こえてるからな」

ホムラは、隣のバトラーへフエン煎餅を一枚やった。が、

バトラー「いりません」

バトラーは先へすたすた歩いていった。





少し時間を巻き戻してみる。

燃える移動遊園地を抜け出して、一晩明けた。

しばらくトレーラーを走らせたのち、一行は"炎の抜け道"付近で休憩をとっていた。

バトラーと、そしていまやバトラーのしもべとも等しき元M団の科学者が数名。

ホムラは、だいぶ派手にやらかしてきたこの一味を前にして、すでに決めていた。

バトラー「この後、どうしたいです…別れましょうか?」

火事の煙を肺に吸い込んだ、枯れた声でバトラーが言った。

それは絶対にバトラー達にとっての得策ではなかった。

飼いならされたはずの科学者達も不安そうにバトラーを見ていた。

ホムラ「居場所を提供してやってもいい」

バトラー「いま、君がそこまでする必要がありますか?」

ホムラ「あんたには必要だ」

バトラー「では、その私は…君に必要かな。もう邪魔だろ」

バトラーは、咳払いをはさんだ。

バトラー「私の手の内はバラしてしまったし、何の価値も無くなったろ」

ホムラ「いま努力している」

バトラー「どのように」

ホムラ「あんたが更にでかく邪魔にならないよう」

バトラー「もうアクア団も歓迎してくれるとは思えないし…もし見つかったら」

バトラーは目をつぶり、深くため息をついた。

バトラー「そう、ミナモの海に沈められる、そして新しい友人はヒレつきだ、しかし君達に紹介する機会は訪れない」

バトラーの悲嘆は止まらない。

バトラー「死ぬなら棺に白い砂糖を撒き散らして欲しかった、冷たい口の中には綿ではなく柔らかな砂糖菓子を詰めて…、デコボコするから角砂糖だけはやめて…、そんな男の最期は海の塩水漬け…皮肉にも、ああ神よ!」

ホムラ「…。」

バトラー「…。」

ホムラ「…。」

バトラー「なんですその目は…」

ホムラ「正気か」

バトラー「疲れました、しばらくは何もやる気がおきないだろうな…」

…つまり…、

ホムラ「わかったわかった。…ーったく、素直じゃねぇな」

ホムラがうるさそうに手を広げ、恨み言を並べるバトラーを制止した。

バトラー「君に私の何がわかるんですか」

バトラーは憤慨した様子で身を起こしてきた。

ホムラ「ああ、もう手に取る程にわかる、ウダウダぬかされるのはうんざりだ」

何が"贖罪"だ、何が"裏切れない"だ、投げやりにしくじりしやがって。

ホムラは、バトラーの襟元を乱暴に掴み寄せると、ついに言ってやった。


ホムラ「お前は、マグマ団にこい!」


ふたりの目線が、合致した。





フエンタウンのマグマ団本部を目指すにあたって、二手に別れる事にした。

科学者達は山の裏からまわり込む道路を車両で行かせ、

ホムラは、バトラーとふたりでロープウェイ観覧をして話そうと思った。

聞かれた事には全て答えてやるつもりだったが、勿論早々に諦める事となった。

そうして今に至るわけである。


ホムラ「そろそろフエンタウンだが…」

バトラー「知らなかったとは驚きです、偶然とその昔、私もここに住んでましてね」

ホムラ「いちいちつっかかる喋り方をするな」

バトラー「ええ、性分なので」

ホムラ「最近ちょくちょく来てたのか?」

バトラー「いいえ。去年の夏とあと、つい…2日前の晩にもね」

ホムラ「その時、フエンに長く滞在したのか?」

バトラー「そんな事を聞いてどうするんです」

バトラーがつっぱねた。

ホムラ「話しにならん…」

バトラー「では、黙って下さい」

ホムラ「いや、ある程度把握してるのか…知っておきたい」

ホムラが言い出しにくそうに詰まらせた。

バトラー「何のことです」

ホムラ「マグマ団の現状をだ」

バトラー「計画の進行についてですか?」

ホムラ「全体をさすなら、そういうことだが…」

バトラー「?」

ホムラ「やっぱりか…、何と言うか…、今のマグマ団はその…違うんだ」

バトラー「どう違うというのです」

ホムラ「つまり、…」

バトラー「君、私の目を見て喋りなさい」

ホムラ「だいぶ、ゆるい…」

バトラー「Σゆるい」





【マグマ団本部】


フエンの街をつっきって、マグマ団本部が見えてきた。

道中、のぼったりくだったりの坂が多い地形なので、

ホムラは慣れたものだが、疲弊の重なるバトラーはフラフラだった。


バトラー「相変わらず、本当に変わらず不便な場所だ」

ホムラ「たまには外を歩いた方がいいだろ」

バトラー「十分です。全く君と関わると、ろくな事がない」

ついに本部の外周の所までたどり着くと、

バトラーは足を止め前屈みになり、呼吸を整えた。

そこでホムラは、わざとらしく外周の壁に近づき、コンコンと叩いた。

ホムラ「先日、こいつにイタズラがあってな」

バトラー「そうなんですか」

ホムラ「二度としないように」

バトラー「いいですよ、君の誠意に期待してます」

ホムラ「…タチが悪ぃ」

ホムラは嫌そうに首を捻ってから、バトラーのそばへ戻ってきた。

ホムラ「先に、本部の入口が見えるな、見張りが立ってるだろう…あれが」

バトラー「見えます、あれがマグマ団の嘆かわしい"ゆとり世代"ですか…フフ」

ホムラ「我慢しろよ」

バトラー「何をです」

ホムラ「陰湿な幹部どもに可愛がられてたあんたには、物足りないだろうがな」

バトラー「それは大丈夫、だってまだ君が残ってるでしょう」

ホムラ「冗談きついぜ」

バトラー「君こそ、今後は控えて頂きたい」


外周の壁に囲まれたマグマ団本部入口、門の横。

見張りで立っていた団員はボーっと、前の景色を眺めていた。

白い蝶々が、ぱたぱた飛んで。

お花にとまった。蜜すってるのか…

いいなあ。おれも小腹がすいた、ポケットに何か入ってたかな…

見張りの団員は、左のポケットを探った。

あ!ラッキー…飴玉みっけた!!

見張りの団員は、左のポケットから取り上げた飴玉へ視線を移した…

その際、ちょっと離れた所からこっちを観察してる二人連れに気づいた。

団員「Σなんだよ、見てんじゃねー… ぎゃああああああホムラさん!!!

団員は、飴玉を握ったまま、ぱたりと気絶した。

仰向けに倒れたそのおでこの所に、白い蝶々がひらひらやってきて、とまった。


ホムラ「…。」

バトラー「彼、どうしたんです?」

ホムラ「自分の給料が高すぎる事を申告したんだ」

バトラー「そう、正直すぎると昇進は難しいね」

じっ…。(視線)

ホムラ「ここぞとばかりに俺を見るな」


 ?「おおー!哀れな下っ端がノビてら…おまえーホムラでも見たんかー」


抑揚のない能天気な声がした。

外周の壁に囲まれた中庭から、ザッザと足音が近づいてきて、

入口の門がゆっくり開くと、そこからヒョコっと金髪頭が現れた。

足元で倒れている見張り団員の顔を、上からジーっと覗きこんでいる。

何故この時分に、ホカゲが居合わせたかは後ほど追及してやる事にして。

ホムラ「おい、ホカ。こっちだ」

さっそくホムラが呼んだ。

ホカゲ「おお!やっぱホムラか」

ホカゲはそこでポンと手を打ってから指差してきた。

ホカゲ「Σ朝帰り?」

ホムラ「…。」

ホカゲ「まじかー…ん? Σえっ!まじでか??」

ホカゲの視線が、ホムラの横に立つバトラーをとらえた。

ホカゲ「Σアーメン」

ホカゲは卒倒しそうなヘンテコな姿勢で十字を切った。

しかし当のバトラーには事情がのみ込めてないようで、

しばらくホカゲの顔を眺めていたのが、突然、ハッと気づくと、

バトラー「な…ぜ、なぜ」

バトラーは息をもらしながら、震える指先をホカゲへ向けた。

ホカゲの驚きぶりなぞ白々しかった、

このバトラーの驚きと動揺に比べれば。


バトラー「なん…で、お前、お前が居るんだ…!」


バトラーは指差したまま、一歩・・一歩とホカゲに詰めよった。

ホカゲ「おいホムラ、聞いてねぇぞ…」

バトラーに視界を遮られたホカゲは、顔を横にしてホムラを睨んだ。

バトラー「ここは正門だ!」

バトラーがホカゲにむけて怒鳴り、門を指した。

バトラー「なぜ、お前のような者が、堂々と、表から出入りできるんだ!」

バトラーの張り上げた声が響き、施設の中からひとりふたりと団員が顔を出した。

ホムラ「落ち着け、ここで取り乱すな」

ホムラがバトラーに寄っていき、その肩に手をおいて制止した。

バトラー「触るなっ、君にも後で詳しく聞きます、しかしまずは・・」

バトラーはホカゲを睨んだまま言葉を切った。

その後ろでは、ホムラが首を横に振ってみせ、ホカゲへ示していた。

しかしホカゲは知らんぷりして、可笑しそうに言った。

ホカゲ「だってな、オレ、幹部だもん…」

それから小首を傾げると、ニッと口の端をつり上げてみせた。

ホムラ「チッ…」

ホムラが小さく舌打ちした。

ホカゲ「これが、事実」

バトラーの顔が青ざめた。

バトラー「かん・・ぶ…幹部、幹部だって、お前が!?」

ホカゲ「そ。」

そこでホムラが、バトラーの肩を強く引き寄せて二人の間に介入した。


ホムラ「手間が省けた、ここで紹介しておく。こいつはホカゲだ」


ホカゲ「面と向かっては初めてだよな、バトラー博士」

バトラー「そういう名前か、ホカゲ、ホカゲ…」

ホカゲ「オレはちゃんとわきまえてるつもりだぜ、そういう意味で」

バトラー「はっ、なるほどそういう事か…」

バトラーは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

ホムラ「ホカゲ、知ってるな。こっちはバトラーだ」

ホカゲ「はいよろしくー」

バトラー「…。」

ホカゲはコテンと反対側へ首を傾げると、再びホムラを睨んだ。

ホカゲ「ホムラ、説明してくれんのか?」

ホムラ「これが、事実だ」

ホカゲ「さーっぱり」

バトラー「しかし…だいぶ変わりましたね、雰囲気」

ホカゲ「オレ?そうすか、そりゃどうも」

バトラー「それで、他は何人幹部が残ってるんです」

ホムラ「もうネタ切れだ」

ホカゲ「Σん…?」

バトラー「え…、だって以前の幹部はいないの?」

バトラーはギョッとしてホムラを振り返った。

その反応を見たホカゲが、薄ら笑いを浮かべた。

ホカゲ「いねぇよ?」

バトラーは、今度はホカゲを振り返った。

ホカゲ「いねぇよ全員」」

念をおしたホカゲは、さらっと笑った。

ホムラも諦めて2度ほど頷いた

ホムラ「俺たちだけだ、あとリーダーが」

バトラー「はあ…なんて事だ、私は何も知らなかった訳だ」

バトラーは思わず、額を流れた嫌な汗をぬぐった。

ホムラ「それで、ホカゲ」

ホムラは目で辺りを確認したのち、

ホムラ「あと数名やって来るから、魔術団と答えたら中へ通せ」

まだ到着してないトレーラー組の存在を伝えた。

ホカゲ「ん!オレはいないぜ、暇な団員連中に言っておけよな」

ホムラ「お前より暇な団員連中など、いてたまるか」

ホカゲ「で。これからどうすんの?」

ホムラ「とりあえずは、リーダーに会わせる」

ホカゲ「Σリ、リリリリーダー!?」

ホカゲがポカンと口をあけた。

バトラー「え、それは…一度シャワーを浴びたいですね」

バトラーが慌てて話を遮った。

ホムラ「そうか?」

バトラー「当たり前でしょう、君は本当に気がきかないですね!」

ホカゲ「Σホムラが怒られとる…!」

更にホカゲがポカンと口をあけた。

ホムラ「閉じろ、ホカゲ」

バトラー「あの、そろそろ」

バトラーが二人を呼び戻した。

バトラー「いいかな?まずは残っているという私の部屋を確認したいです」

ホカゲ「Σあかずの間…!」

バトラー「え、何か言いました?」

ホカゲ「Σじゃ、オレはこれで…」

サッと身をひるがえし逃げようとしたホカゲの後ろ襟を、ホムラの手が掴んだ。

ホムラ「待て、どこへ行く」

ホカゲ「今日は日曜なので、週刊誌のサンデー発売です!」

ホムラ「お前、まだ読むのか」

ホカゲ「だってな今週は、大ニュースがあるだろー!」

ホムラ「興味無ぇよ」

ホカゲ「まじ? ワタルさんチャンピオン防衛したじゃん、フルカラー特集」

ホムラ「Σな…! んだそんな事かよ」

ホカゲ「…プ」

ホムラ「行けよ」

ホカゲ「…ププ」

ホムラ「さっさと行っちまえ、だが立ち読みなんて見っともない真似するなよ」

ホカゲ「プププ、ちゃんと買って帰るから安心しろよなホムラ!」

ホムラ「あ?俺には関係ない」

解放されたホカゲはニヤニヤしながら歩き始めたが、

しばらくすると振り返って…


ホカゲ「あと…オレのデニム、返せよ」


ビシッと、勝手にホムラに履きこなされたデニム・パンツを指差した。

するとバトラーが納得したようで、ホムラに耳打ちした。

バトラー「どおりで…君がそんなジーンズなんて、気が狂ったのかと思いましたよ」


ホカゲ「Σ聞こえてるからな」





【マグマ団本部】


バトラーは、世にも不思議な光景の中を歩いていた。

ホムラに通され、懐かしの本部施設へ入った途端に、

その場にいた全ての団員達が綺麗に壁に張りつき、敬礼して、

広い通路を開けた。


団員達『お帰りなさいませホムラさん!!』


自分の居た時代のマグマ団にも相当根暗な厳しいルールが存在したが、

こんな滑稽な…スパルタ的な上下関係では無かったなと、

必死な形相の団員達を見て、思わず噴き出した。


バトラー「どうやら、全く知らない新組織のようですね」

ホムラ「口を聞くな」

前を歩くホムラが、すぐさま注意した。


団員「…!」

団員「…!!」


一方、こちらは施設の管理室。

ホムラ幹部がエレベータに接近中…!監視カメラが抜かりなく追いかけていた。

フロア1管理係の団員はボタンを緊急連打し、エレベータをマッハで呼び寄せた。

しかしホムラが、モニター越しに睨んできた。

ホムラ「遅ぇよ…」

タイム・ロスの発覚。

ホムラ「テメェ、始末書よこせ…」

係の団員は、モニターへ頭をぶつけた。


ホムラとバトラーはエレベータへ乗り込んだ。

扉が閉じ、その姿が見えなくなったところで、団員達が息を吹き返した。


団員「みた?」

団員「みた…!」

団員「あの人の本日の私服…かなり意外」

団員「Σじゃなくて!」

団員「が、外人さん…き、綺麗だった、チクショーまつげ超長い!」

団員「外人さん足長ぇー…うらやましー」

団員「おまえ短足だもんな」

団員「Σおまえより長いよ、顔も良いよおまえより!」

団員「バンナイみたいな事いうなよ、絶交・絶交」

団長「うわっ、自重する」

団員「あの人はだれ?」

団員「入団希望者だったら…マグマ団もついにグローバル美形組織だぜ」

団員「だぜっ!」

団員「でもさ」

団員「ああ、わかる」

団員「あんな綺麗なのに…」

団員達『声、低っ…!!』


エレベータの中のバトラー「聞こえてますからね」





4Fのランプが光り、エレベータの扉は静かに開いた。

ホムラとバトラーは、壁に張りついて震える団員達を、

完全無視して歩き進んだ。

ホムラ「…また空調壊れてやがる」

フロア4の北側へ近づくにつれ、室温が下がったようが気がする。

ふとホムラは、団員による計測チームの報告を思い出した。

どうしてか近年、この4階北の一帯だけ変なゼロ磁場が発見されたのだ。

ホムラ「いや、まさかな…」

さっき目の錯覚か、一瞬なぜか自分の吐いた息が白かった気がした。

ホムラは平然な顔で歩いているが、内心は穏やかでなかった。

逆にバトラーの方の様子だが、

バトラー「なんだか、このフロアは昔と変わってないですね!」

内装や雰囲気を懐かしんでるようだ。だいぶ口数が増えてきた。

ホムラ「ああ、もう4階だけには関わりたくないからな…手つかずだ」

バトラー「ふうん、そうですか…」


マグマ団本部、4階北端・空き部屋前へ到着した。

いまや知る団員も少ないが、科学者バトラーの私室だった場所だ。


バトラー「おや、なんでしょうかこれは…」


通称、"あかずの間"。

いわくつきとして、何年間も秘密裏に閉ざされてきた入口の扉には、

散りばめられた"悪霊退散"の札。十字架、大玉ニンニク飾り。

ドアノブあたりには、南京錠つきの鎖がジャラジャラ巻かれていた。

扉の真下には、清めの塩が山盛りされてる。

最近では新しく…扉の中心に、銀製の釘でシルフスコープが打ちつけられ、

魔除けグッズの仲間入りを果たした。(19話参照)


バトラー「随分と素敵な贈り物をありがとう」


よく見ると、右の壁には縦書きで経、左の壁には横書きで聖書の一節が、

細々としたペンキで書かれている。

この数年ばかりマグマ団では、不吉な事件(=マヌケな事件)が起きると、

全てこの部屋の負のオーラ・怨念のせい、という事にしていた。


バトラー「嬉しいです、私はここで軟禁生活を送るんですね」

ホムラ「弱った…」

バトラー「しかし信仰がボクシング試合をはじめそうで…解決して頂けます?」

ホムラ「ああ、全て外して明け渡す…しかしここまで酷かったか?」

ホムラも知らないところで、なぜか去年の夏あたりから、

一般団員の、この"あかずの間"に対する恐れがエスカレートしたようだ。

バトラー「あれ、君の仕業でないのですか?」

ホムラ「まあ、下らんが色々あったんだ」

初期ではボヤ騒ぎ、中期は幽霊騒動、最近では神隠し…等。

バトラー「それは迷惑をかけました、しかし私は…この部屋を褒めてあげなくては」

ホムラ「という事はだ、やはりあんたが仕込んでたのか」

バトラー「その噂の全てが…という訳では無さそうですけれど」

ホムラ「だが、おおよそあんたの仕業だろ」

バトラー「だって、この部屋を気に入っていたんです」

ホムラ「クッソ」

バトラー「こら、聞こえてますよ」

ホムラ「確かに良い部屋だった、あんたが出た直後は何人か欲しがったはずだ」

バトラー「だめです。君との思い出が詰まってますから」

ホムラ「…。」

バトラー「…。」

ホムラ「正直…標本とホルマリン臭しか思い出せねぇ」

バトラー「ええ、だから君はダメな子なんですよ」

ホムラ「Σなに」

バトラー「ではシャワールームを借りましょう」

ホムラ「…必要なものは届けさせる、場所は?」

バトラー「大丈夫。はやく人が住めるようにして下さいね」

ホムラ「解かった。団員に止められたら俺の名前を出せ」

バトラー「それは楽しそうですね!」





ホムラと別れると、バトラーは過去の記憶を辿って施設を巡った。

行く先々にて、事情を知らない団員達が、バトラーに近づいてきた。

みな興味深々な顔で、おっかなびっくり、一生懸命な和製英語で話しかけてきた。

団員「ハロハー!」

団員「ホッタイモー!」

団員「ナイステーミーとユー!」

団員「ユーアー、ホームステイ?」


バトラー「!?」


団員「Σちがっ!ノーノー。ぎ、疑問形…疑問形オーケー?」

団員「ホームステーイ?滞在ー?インマイマグマダーン?」

団員「Σばってん!なしてやそんげに馬鹿ったい!?」


バトラー「日本語をどうぞ」


さすがのホウエン地方もフエンほど田舎になると、外国人は珍しく観光客くらいだ。

ちなみにこのバトラーは、つい先日あの"奇怪な事件"を起こした犯人である。

そんな事は露にも知らず、団員達は興奮して押し寄せ押し寄せ…

最後は「ホムラ」の合図で散り散りとなった。





【シャワールーム】


ようやく辿りついたシャワールーム入口。

しかし、脱衣室へのドアの側面に緑色のへんなマークがくっついている。

模様というか…印というか、こんなもの昔は無かった。

しかもバトラーが、さほど構わずドアを開こうとすると、

平たく張りついてたその印が、ひとりでにムクリとめくれ上がった。

「モンモーン」

どうやらポケモンだったようだ。顔が現れた。

バトラー「おや、だめですよ。君はメタモンですね」

誰かのメタモンだ、プルプル必死に訴えてバトラーを引き止めようとする。

バトラーは優しく微笑むと、直後全く無視してドアを開けっ放した。

中へ入って、クルリと向き直ると、ぴしゃりとドアを閉めきった。

メタモンは、ショックのあまりドアからポトンと剥がれ落ちた。


 ?「入ってまーす」


脱衣室へ入ると、シャワールームの中から声がした。

シャワールームといっても、立派な大浴場なのだ。

ただフエンに構えるマグマ団・本部として情けないのが、

温泉がいまだひけていないという所である。

温泉に風呂が、マグマ団にとって特別な事は、今も昔も変化無いはず。

ところで先客は…この正午の前にシャワールームを使ってるなど、

しかも自分のポケモンに見張らせ、ひとり貸し切りに入浴中だとは…

一体どんな身分の人物だろう。先ほど聞こえた声に、心当たり無い。

つまりバトラーは考えた、自分の追放後に出世もしくは入団した者だ。

脱衣室を見渡した。

入口から一番遠く、しかも浴場から一番見えやすい場所の棚の一番下の段。

そこの脱衣カゴの中に、綺麗に畳まれた衣類がはいっていた。

バトラーは中々の好印象を持った。

なるべく近くない場所を選び、バトラーはシャツのボタンへ手をかけた。

そうそう、むこうの棚に洗いたての清潔なタオルが、

ギッシリとつまれているのは変わってないよう。

そして昔と変わったところは、誰の趣味だが、

軍団並みのアヒルの人形たちがギュウギュウに飾られていること。


浴場へ続く、すりガラス製の戸を開けると、真っ白な湯気がたち込んだ。

バトラー「失礼」

白い視界の中のどこかに居る先客へ、一応ひとこと断った。

すると、わざとだ、ハアァと不快そうな大きなため息が響いた。

バシャァ

思いっきり激しく、後ろの浴槽から誰か出てきた。

ビシャッ、ビシャッ、とタイル床に足音を響かせている。


?「やい、下っ端!何度言やわかるんで!!」


乱暴な声が響いて、背後から思いっきり肩を掴まれた。

?「俺が風呂浸かってる時ァ、邪魔しねぇでっていい加減に覚え…

白い湯気の中から、青い髪の男の顔が現れた。

だがバトラーが振り返って見た途端、男は驚いて肩の手を放した。

バトラー「これは、どうも」

?「あ…これは、どうも」

バトラー「最近の事情に通じてなくて…ご一緒しても?」

?「参ったな、外国語は不得手なんですけど…いや!待てって」

バトラー「日本語をどうぞ」

?「Σだよな、日本語喋ってらぁ、ごめんね徹夜で頭まわんなで」

バトラー「お疲れですか、実は私もふた晩ほど眠れてないんだ」

徹夜…だからこの時間に風呂にいるのか、バトラーはうわべを微笑んだ。

男はやれやれと、洗い場の椅子へ腰かけた。

?「あんたあのー…どちらさんですか?」

バトラー「みなさん知らないんですね、私のこと」

?「そういうあんたさんも、俺の事を知らないでしょ」

バトラー「じゃあ同時に名乗りましょうか」

?「いいね、粋だね…せーの!」


二人『…。』


バトラー「ふふ、すみません。」

?「あ、いや、なんだごめんね。俺はバンナイ、あんた新人?」

バトラー「いいえ」

バンナイ「まあそうだよね、新人ひとりでフラフラ風呂入っては来れねぇ」

バトラー「君の先輩ですよ」

バンナイ「ちょっと、先輩って?そりゃもういっぱいいるよ?」

バトラー「では君は最近の子なんですね」

バンナイ「ははっ、からかわないでよお兄さん」

バトラー「あたなは、どこ所属ですか?」

バンナイ「いやいや、待って待ってあんた、この組織で俺知らないって?」

バトラー「傷つけてしまった?」

バンナイ「いいよ、まあ今日限り覚えてよ。幹部のバンナイさ」

バトラー「え」

バンナイ「…?」

バトラー「え、自称として?」

バンナイ「Σ違う!本物本物…あ、わかった化粧が無いから気づいてないの?」

バトラー「メークを…え?」

バンナイ「Σ俺、バンナイ!3人目のほら、毎度お馴染みの幹部ですよ!」

バトラー「えっと…、すみません後でホムラ君に聞いてみますね」

バンナイ「や、俺もほんと幹部ですよ…畜生、あの性悪幹部どもハブったな」

バトラー「いいです、君は堂々としてますからそうでしょう」

バンナイ「はいはい。ちゃんと幹部ですからねー…で、あんたのその名前だよ」

バトラー「そうですね…まず私は団員ではありません」

バンナイ「もうさ、回りくどいのやめましょって」

バトラー「性分なんです、そしてでも君より先輩」

バンナイ「あいよ、とことん付き合うよ…でも俺、当てちゃうよ」

バトラー「わかりますか?」

バンナイ「あんた、バトラーさんだろ」

バトラー「ええ、正解」

バンナイ「まずあんた外人さん、これで絞れるよ。それで制約なしで歩きまわれる特別な人、過去に居た人、幹部にびびらない人、極めつけはホムラさんの名前を出せる人」

バトラー「難しかったね」

バンナイ「全く謎の人物とされてたからね、あんたに惹かれて調べてました」

バトラー「そう?どうやら私の記録は消されたようですね」

バンナイ「だから興味あってさ、知らないから。また良かったら色々教えてよ」

バトラー「君に教えてあげられるのは…あまり喋り過ぎない方がいい」

バンナイ「あー…残念だな、ガードが堅いな」

バトラー「なんて、実は私も君の事を知ってるんです」

バンナイ「え、そうなの?」

バトラー「こんな言い方はいけないかな、君の前身」

バンナイ「うわ、やだなぁ…」

バトラー「私の顧客がその昔、君に手酷くやられたってもらしてましたよ」

バンナイ「てことは…あんたもお喋り過ぎるよ?」

バトラー「いえ、構わないんですつい昨晩、廃業しましたから」

さすがのバンナイも面食らったようだ。

バンナイ「Σ食えねぇや」


しばらく会話したのち、バンナイは機嫌良くあがった。

バンナイ「ではお先、ごゆるりと…」





やっとバトラーが4階北端戻ると、相当待たされたホムラは不機嫌だった。

その間ホムラは団服へ着替えていて、フード以外はしっかり着込んでいた。

団服のマントは長く、幹部の白いラインが2本入っている。

ところで。

ホムラに召集され恐怖の清掃任務を命じられた、

マグマ団"あかずの間"精鋭部隊(12話参照)がいるのだが、

彼らはいま廊下の端で支え合い、ピクピクとトラウマ痙攣していた。

ホムラ「いくつか確認事項がある」

精鋭部隊のひとりが、ぱたりと気絶した。

ホムラ「科学者…あんたの部下だが、車両で無事に到着した」

バトラー「そうですか」

ホムラ「のちに合流するまで、部屋を与え、待機させている」

バトラー「分かりました」

ホムラ「そして、あんたの部屋だが…」

ホムラが扉を開けてみせた、北側にしては日当たりがいい。

が、…なんだか雰囲気が重く、どんよりしてる。

バトラー「ああ。懐かしくて…、っ失礼」

バトラーはハンカチを取り出すと、目元ではなく口元をおさえた。

バトラー「なんです、この酷い薬品臭は…」

カーテンがハタハタとなびいている、窓は全開だ。

ホムラ「清掃中にひとり、薬品棚のビンをひっくり返した奴が…」

ホムラも顔をしかめて、手の甲で口元を遮った。

バトラーが急いで室内の薬品棚を確認した。

バトラー「…え、4番と5番を割ったんですか?すぐ、逃げましょう」

バトラーは、足元にひろがる液体の混ぜこぜを見つけて、部屋の外へ出た。

ホムラ「やばいのか」

ホムラも続いた。

バトラーがホムラに扉を締め切らせたところで、


ドンッ


扉を抑えるホムラの腕に爆発の衝撃が伝わった。

ホムラ「おい、爆発したぞ」

バトラー「はい、爆発しました。あ、いけませんよまだ開けては…」

ホムラ「おいおい、勘弁しろよ…」


ドーン パーン ポーン パリーン チャリーン パフ。


ホムラ「なぜだ」

バトラー「せっかくですけど、今日は他の部屋を用意して下さいね」

軽い爆発の連続振動で、床に伸びていた精鋭部隊の団員が正気にかえった。

ホムラ「消火器もってこい!」

団員達『了解であります!』

ようやく爆発が収まったところで、一同は恐る恐る扉を開いてみた。

団員「異常あり!」

ホムラ「見りゃわかる」

室内には、紫色や緑色…ピンクに黄色…カラフルな煙がモワモワ上がっていた。

これは…

ホムラ「お前、いい加減にしろ…」

バトラー「後始末をよろしく、大丈夫、本当は安全ですよ」

団員「はあ…いったい、どういう事でありましょうか」

ホムラ「お前ら、この男にからかわれたんだよ」

バトラー「いや、君もですよ」

団員「Σはあ!」

ホムラ「こいつはバトラー、この部屋の住人だ。お前ら、世話してやれ」

団員「Σ了解であります!」

バトラー「いいですね、健気。何でもしてくれそうですね…フフ

ホムラ「実験…」

思わずホムラが過去を思い出し、顔をそむけた。

その衝撃を目撃した団員達は、恐怖のあまりガクガク震えてついに失神した。





【マツブサの執務室】


マツブサ「今日のランチは…スパゲッティですよ、しゃれおつですね!」


団員「ああ、パスタ…」

マツブサ「ぱ、ぱすた!?」

団員「残念、若者はみんなパスタなんですよ」

マツブサ「スパはNGなの?昭和時代なの?」

団員「まあ、カントーじゃ通用しませんよ」

マツブサ「ランチはどう?」

団員「ランチは、ナウいです!」

マツブサ「やった〜!」


あ〜!


その場の一同が両手を上げ、万歳をしたところで、

開いた入口に立つホムラとバトラーの視線に気づいた。

ホムラが、静かに扉をしめた。

ひと呼吸おいたくらいで、また扉が開いた。


ホムラ「失礼します、リーダー!」


ホムラが数年ぶりに、敬礼した。

なんという真顔!

執務室の中のリーダーと団員達は、高速でマバタキをした。


ホムラ「元、マグマ団バトラー博士をお連れしました!」


マツブサは「へぇ〜」と、ほかほかのパスタさんにラップをかけた。

それから立ち上がって、机のまわりをウロウロ3周ほどして振り返った。

執務机へ座り直し、パスタを横へクイッとどけて、そこに両腕を組んで置いた。

ニヒルな顔になってゆくリーダーを見つめて、団員達は目をショボつかせた。


マツブサ「ご苦労。やあ、バトラー博士…懐かしい顔じゃないか」


マツブサはフッと笑うと、再び立ち上がり、机から離れた。

部屋の壁際の、お花の鉢植えまで来ると、

水の入ってないアルミのジョウロを手に持ち、空中でフラフラさせた。

再び、マツブサが振り返った。


マツブサ「Σえ、バトラー君ですか!????!」


マツブサがビックリして後ろに仰け反ったので、団員が2名体勢で支えた。

ホムラ「長ぇよ…」

バトラー「マツブサ様、どうされ…ご病気なんですか?」

マツブサ「Σ無垢な言葉が、辛辣…ッ!」

ホムラ「マツブサ、月日とはこういう事だ」

マツブサ「えーと、どうしましょうか。二人とも、ランチは食べた?」

ホムラ「昼飯どころでない、この博士の話を聞いてやれ」

バトラー「マツブサ様…」

マツブサ「Σよし、代表として聞きましょう…!」

バトラー「追放された身で、誠勝手なお願いなのですが…」

バトラーはなんとも切実に、同情を誘う悲しい声を上げた。

バトラー「しばらくマグマ団へ、置いていただけませんか…」

バトラーは床へ膝を折って、さめざめと泣いた。

マツブサ「うん、いいですよ。むしろどうぞ」

バトラー「あ、いいのですか」

バトラーは顔を隠したハンカチを捨てると、すんなり立ち上がった。

マツブサ「Σさすがバトラー博士☆」

バトラー「実は、一文無しになってしまいまして」

マツブサ「Σなぜ!?」

バトラー「もう悪さ出来ないので、ここで雇って下さい」

マツブサ「Σ悪さしてたの!?」

ホムラ「バトラーの事だが、のちに俺から説明を入れる」

マツブサ「Σそうしてもらえると助かります」

バトラー「で、雇用の形態なんですけど…

ホムラ「アルバイトだ」


ホムラの即答に、執務室のその場の空気が凍った。


バトラー「はい?正しくlistening出来ませんでした」

マツブサ「ホ、ホムラ君…」

ホムラ「俺への返済が終わるまで、雇ってやる」

バトラー「え、どういう事です。君に何か借りました… あっ!」

バトラーがクラっとよろけた。

バトラー「まさか君が、移動遊園地に渡した小切手が…」

ホムラ「手切れ金を、肩代わりしてやったんだ。しっかり働いて返すように」

バトラー「ああ!台無しです、君が本当に素敵で、輝いて見えたのに」

ホムラ「俺は輝いてなどいない」

バトラー「そうですとも、真っ黒、最低だ!」

マツブサ「まあ、事情が複雑ですから。しかしマグマ団としては儲けだね」

バトラー「ああ!マツブサ様、なぜこの男が幹部なのです!」

マツブサ「いや、良い仕事をしてくるでしょう」


ホムラ「 以上だ 」





おわり











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