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縁側から庭を眺めやる姿は足下に長い影を連れていて、余計に小さく感じられた。 「奴良く…」 「開花院さん。例えばさ、ボクが結婚してくださいって、言ったら、どうする?」 「はあっ?!」 近づいた気配を、彼も知ったらしい。振り返らずに、名を呼び返された。その響きがいやに真剣だといぶかしむ間もなく、続く言葉に、ゆらはすっとんきょうな声を上げた。 「そ、そ、そんなん、お断りやっ!そんな、いきなり段階も踏まんとっ」 何事、どうしよう、 予想もしなかった状況に、思考が空転する。 「だって、そういうのは、大人の階段一つ一つ登って行くもんやろ。最初は、お友だちからでっ…奴良くんは、そうやけど…次は、交換日記で、手ぇつないで、それから」 「いや、だから例えばの話」 苦笑気味に繰り返して、ゆらを自失に突き落とした本人が、現実へと引き戻してくる。 「……はぁ。なんや。もぉ」 少なからず虚脱感に襲われて、奴良の横にしゃがみ込んだ。何故だか、恨みがましい心持になったのは。何故だろうか。 「それでも、お断りや。だって子どもが増やされへんもの」 陰陽師と妖怪の子など、一族に受け入れられるはずがない。 ましてその血脈が続くことなど、天地が反っても有り得無い。 リクオも隣に腰を下ろした。子ども、と呟く。 「それって、大切かな。やっぱり」 「大切やよ。才能も血も、受け継いだからには次に繋げな、先人様に合わす顔無い。そうや無うても、狐やらなにやらで陰陽師たくさんやられてもうたし」 子どもが次代について語り合う。そんな不思議を不思議と思わない、二人の境遇は似ているのだと、話しながら、ゆらはその時初めて気がついた。 「でも、じゃあその為に、開花院さんは、決められた人を好きに成れるの?さっき言ってたみたいなことをして?」 「するよ。相手が竜二兄ちゃんでも、付き合わせるわ」 「え、だって二人って。…兄妹じゃなかった?」 「兄妹だからお互い知られてるわけと違う。特に竜二兄ちゃんなんか、不可解の塊や」 「それは分かる気がするけど、そうじゃなくて」 言い悪げにする様子に、抱える言葉を知り。ゆらは肩を竦めた。この少年に、躊躇われるとは思わなかった。それほどまでに共感が得られるものだと、この縁側の数分程度で思ってしまっていた自分への戒めも加える。 なんて恐ろしい、これがぬらりひょん。 横の友人は、存在としては相容れてはならないとされてきた、モノなのだと、心に刻み付ける。 「人と妖怪の境に比べたら、障害にも成らんもの。まぁハイリスクハイリターンやし、そこらは兄さんたちやらで決める思うよ。うちの出る幕と違う」 「開花院さんは、大人だね」 頭痛を抑える仕草で表情を隠し、投げ落とされた言葉には、苛立ちの色が濃かった。ゆらの知る彼からは連想のし辛い気配に、驚く。やつあたりの形をとりながら。その感情の向け先が、結局、欠片もゆらに向けられていないのは有る意味彼らしかった。 「奴良くんは、優しいね」 ため息にも聞えるような疑問符を、奴良が零した。 「どうしてそんな風になるのか、開花院さんが不思議。最低だ、ボク」 ごめんと謝る言葉に、慌てて装いかけた鎧さえ、また剥がされそうになる。 これ以上は、いけない。 ゆらは立ち上がった。 「そんなに言う事無いよ。しゃべったんはうちや。ほな、そろそろ帰るわ」 「え、でもさっき…その、お金が無いって」 「あ、…うん。それはほんま」 再び言葉を濁らせる様子に、今度はゆらも視線を泳がせた。 どうしてあの時に正直に、口にしてしまったのだろう。仕方なく繕わず、肯定した。 「あの、清継くんに、電話してみようか?」 「いいっいいよ!一旦、こっちで借りてる部屋に帰る」 そうすれば、とりあえず数日間は暮らせる環境にある。 「何日かは向こうの学校休むことになるけど、修行はここでも出来るしな。今、こっち方面に出てる兄さんたちに連絡とってみる」 京都を守護するゆらの「兄」たちの仕事は、実際京都だけに構って成るわけでもない。常に誰だかがどこかに出張している。彼らの帰路に同行すれば、帰られるはずだ。 「竜二兄ちゃんや無うても、痺れ切らしたら、迎え寄越してくるやろし」 「そっか。よかった」 「うん、お邪魔しました。御萩ごちそうさま」 相槌は、本当に安心したらしい、平素の明るさを僅かに取り戻していた。知らず詰めていた息を解されて、ゆらの心も軽くなる。 「あと、お誕生日おめでとう」 ようやく口にできた言葉。見上げてきた奴良が、頭上から降ってきたその意味に目を丸くする。 そして礼を言って、無邪気に破顔した。 釣瓶落としとは、よく言ったものだ。先ほどまで絶対的な存在感の有った紅い日差しは、すっかり群青の先に姿を消していた。 繁華街から外れても決して暗くない夜。借り住まいへの行きなれた道。ここは、ゆらにとっては『他所』であるのに、いつの間にか足に馴染んでしまっている。 あの少年は、恐らく恋をしているのだろう。 何となく、気の抜けたような不可思議な気持ちでゆらは空を見上げた。 「奴良くんの好きな子、なぁ。どんな子ぉなんやろ」 口に出してみれば、よく連れ立っている幾人かが浮かんでは消える。そのうちの誰か、なのかもしれない。だが誰もが、しっくりと馴染まない。 ゆらの思索は、それ以上は進まなかった。 夜風が頬を掠めて、髪を揺らす。残る、乾いた冷たさに、季節が、時が確かに変わっていることだけが、妙に新鮮に刻まれた。 → next ss sss top index |