「おまえ、死ねよ!」

ついに和也がキレた。





劣勢ファンタジスタ




なんだよなんだよ、なんでこの数学の問題、問5の2番がかれこれ30分くらい出来なかったくらいで キレられなきゃならないんだ。しかも死ねって、嫌だよあたしまだ死ねないよ。 仮にもかわいい彼女に向かってあんたひどい男だな。知ってたけど。 分からないものは分からないんだから仕方ない。と、あたしは思う。

補習のプリントから目を離して和也を盗み見た瞬間に、ギロリと睨まれた。 無言の視線攻撃。3秒で耐えられなくなって、 大人しくシャーペンを握り直して質の悪い再生紙に印刷された黒い文字に目を走らせた。

『右の図のような直角三角形ABCの直角の頂点Aから順に垂線を下ろすとき、 次に示す3つの三角形の面積の総和が三角形ABCの面積を超えないためには、 角Cの大きさはどんな範囲になければならないか。』

・・・なんだこれは。意味が分からない。まず問題が理解できない。 これをあたしに解けというのか、あのティーチャー山田は。 なんでこんな難しい問題が補習の課題にあるんだ、そこからおかしい、間違ってる。 補習とは補う学習のことであって、そもそも授業があまり理解できない子のために与えるプリントのわけだから、 本来ここにあるべき問題は教科書に載っているような基礎中の基礎の問題で、 間違っても大学入試2次試験に出題されるような応用問題を出してはいけない。 だからあたしが解けないのは当然なのだ。 むしろ怒るべき対象はあたしではなくティーチャー山田にあると思「さっさとやれ」 和也はあたしの独白を丸っきり無視してそう言った。

「だって、だってね!」
「だってはもう聞き飽きたんだけど」
「だって、分かんないの!」
「さっき説明しただろ、オラ!」

苛立たしげに指を鳴らした和也が、HRで配られたプリントの裏をメモ用紙代わりにしたものを手裏剣のように飛ばしてくる。 あたしの目の前でハラリと落ちたそれには、数分前に和也が説明しながら書き込んだ図形やら計算式が残っていた。 サン、いいですかー?特別にっこり笑った和也が、きれいに整えられた爪先でトントン机を叩く。怖い。

「そもそも、なんで追試なんか受けることになってんの?」
「あたしが今回の数学のテストで赤点を取ったからです」
「・・・おまえ、テスト出せ」
「・・・・・はいこれですどうぞ」

時間に比例してどんどん和也の笑顔が怖くなっていく。 プリントをやり始めた一時間前はまだ大丈夫だった、冗談を言う余裕もあった。 1回目の質問のときも、普通に教えてくれた。2回目もかろうじて笑顔は残ってた。 3回目になるとうっとうしそうにため息をつかれた。4回目は眉間に深く皺寄せてた。そして5回目。 ラスト1問、プリントの中で1番難しい問題だ。ここまで自力でやったあたしを、むしろいい子いい子と褒めて欲しい。

「おい」

と呼ばれて、ハイ、と返事をする。 机をはさんであたしの目の前に足組んで偉そうに座った和也が、笑った。目は笑ってない。 外は小春日和でぽかぽかいい天気なのに、この教室だけ真冬のシベリアみたいだ。温度が違う。

「ここ出るっつっただろ?俺、わざわざヤマ張ってあげたよねー?」
「え、と、それは」
「なんで出来てねーんだ、バカ!おまえ俺の話聞いてなかっただろ!」
「聞いてたよ!聞いてたけど、和也が出るって言った問題多すぎ!全部なんか覚えきれない!」
「嘘つけ!どうせめんどくさいとか言ってやらなかったんだろーが」
「う・・・!(当たってる)」
「ちゃんとやってりゃ満点は無理でも7割は取れんだよ、バーカ!」
「やったけど7割取れなかったの!」
「あ?テメェ、もう1回言ってみろ。俺が教えた問題で出なかったやつねぇだろ!」
「・・・あ、あるもん、きっと。・・・これとか、」
「あのさーチャン?この定理と法則は絶対覚えろって、俺5回くらい言ったんだけど?」
「そ、そうだった、かな?」

視線を泳がせると、和也がうんざりとため息をついた。 深く息を吐いて天井を見上げながら頭をかく。 その間に、あたしは和也の書き残した図やら式を丸写ししながら解答欄を埋めた。 和也の出した答えをきれいな文字で書き込む。途中式は適当。

「さ、終わった終わった!帰るぞ和也!」

爽やかな顔で教科書やノートを片づけ始めたあたしを見た和也は逆にとてもとても不機嫌そうになる。 無言で立ち上がって、窓の外の沈みかけた夕日を見た。そしてため息。

「でもさー、なんだかんだ言って和也は優しいよね」
「は?」
「ほら、だって一緒に残って教えてくれたし」
「担任に押し付けられたんだよ。じゃなきゃソッコー帰ってる」
「またまたー、照れちゃって!」
「・・・俺、1人で帰る」
「え、あたしプリント先生に渡してくるから待っててよね!」
「はい、じゃあさようなら」

ダッシュで職員室のティーチャー山田の机にプリントを置いて、マッハのスピードで戻ってくる。 なのに。そこにはもう和也の姿はなかった。言葉の通り、本気で1人で帰ったらしい。白状者め! (・・・なんて言ったら、わざわざ貴重な時間を割いて付き合ってあげた俺に向かってそんなこと言うの? 言っていいと思ってるわけ?口のきき方間違ってるんじゃない?とものすごい勢いで怒られるから言わない)

校門を出て500メートル全力疾走したところで、やっと和也に追いつけた。


(2005.03.20)
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