素敵な秘密 第3章


「行っちゃうの?お姉ちゃん」
ネビルはハリーの服の裾を掴み、涙をこらえながら言った。それまで楽しそうに話をしていたのに、ハリーがふと席を立った途端、ネビルの目にはみるみる涙が溜まっていったのだ。ハリーは驚き戸惑い、そしてまた悲しそうな顔を見せた。
「ネビル…」
「僕も連れて行ってよ。僕お姉ちゃんと一緒がいいな」
ハリーはちらりと僕を見たが、僕は何も言わなかった。ハリーは暫く考えていたようだが、やがて座り込み、目線をネビルと同じにすると微笑みながら言った。
「ダメだよ。ネビルはここにいるんだ」
「…おねえちゃん」
「ここはいいところじゃないか。ネビルはここにいたほうがいい。また来るから」
そしてネビルの頭を優しく撫でる。ネビルの涙はとうとう頬を伝い落ちた。
「本当に?」
「うん」
「本当にまたきてくれる?」
「そう言ってるでしょう?」
ネビルは限界を超えたらしかった。笑うハリーに抱きつき、そして声を上げて泣いた。ハリーはまるで彼の本物の親のように愛に満ちた優しさでネビルを抱きしめた。
「きっとだよ。きっと来てね。僕待ってる…待ってるから」
「うん。約束だね」


「感動的なシーンでしたね!」
「ドラコ様、嫉妬しちゃいましたか?」
「するか、馬鹿!」
馬車の中でのんきな双子が笑っていた。嫉妬なんてしてないけれど、あのネビルはハリーに懐きすぎだとは思う。猫のネビルだってあんなには懐いていなかった。当のハリーはネビルのことが気になるのか、窓の外を見てぼんやりしていた。
「ハリー、ネビルのことそんなに気になるならあのまま引き取ればよかったじゃないか」
「それは無理だよ、アンブリッジ先生に怒られちゃうよ」
「アンブリッジ?ああ、あの化粧の濃い人ですね」
「ああ、あの服の趣味が極悪な人ですね」
「二人とも…」
ハリーは笑いながらため息をついた。双子の意見を否定する気はないらしい。ちなみに、僕もだ。ハリーはそのまままた窓の外を見ると肩を竦めた。
「孤児を引き取るのは大歓迎だろうけれど…彼女、ネビルは引き渡す気はないみたいだった」
「いつのまに交渉してたんだ…」
「ネビルを引き渡す気はない?」
「ネビルだけを?」
双子は互いに目を見合わせた。そして鋭い目線をハリーに向ける。僕は双子が何に引っかかったのか最初のうちはわからなくて呆けていた。だがすぐに、院長がネビルにそんなに拘っているのはおかしいと気づいた。
ハリーは外の景色から僕らに視線を移した。双子を見て、僕を見て、もう一度双子を見る。僕はハリーと目が合ったときに、ハリーの考えが全て分かった気がした。そして双子もそうだったろう。双子の表情はすぐに元に戻り、いつものふざけた二人組みに戻ったけれど、僕はハリーと目をかわしたときに見せたあの真剣さを見逃さなかった。
城に戻ったとき、ハリーは命令を下すだろう。フレッド・ウィーズリー、ジョージ・ウィーズリーの二人に、北の孤児院に定期的に偵察に行くことを。
だが、そうすると、双子は僕らの護衛役を降りなければならなくなる。ガードマンは僕ら、というよりハリーを一日中、寝ている間も常に傍にいて守っていなければならないからだ。だが、これを解決したのはシリウスだった。勿論護衛役は降ろされ、新たにパーシー・ウィーズリーとビル・ウィーズリーが後任に任命された。
シリウスは喜んでこれをやった。何故ならシリウスは不満だったのだ。双子が護衛を勤め切れていないことに。

僕とハリーの仲が進展するのを止められなかったから。

「お帰り、どうだった?北の果ては」
一番最初にシリウスが快活に僕らを向かえた。その大きな腕で僕らを包み込もうとする。ハリーや僕、双子にも同じように。シリウスの大雑把な笑い方が、北の寒さを吹き飛ばし、僕たちは帰ってきたことを実感した。
「さあ、報告の前にお茶にしよう。雪が大変だっただろう?こっちの何倍も降るからね、向こうは」
リーマスが微笑んで僕らを案内した。部屋は暖かく、紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。ハリーが(ちなみに彼はもう着替えていた。リーマスの紅茶より何より先に、彼は着替えることを望んだのだ)深呼吸をした。ハリーはリーマスの淹れるお茶が大好きだ。勿論僕も。ずっと前に、リーマスの淹れるお茶は最高だ、と二人でリーマスを挟み、同時に彼の耳に囁いたことがある。まだ僕らの小さいときに。双子が時々僕らを挟んでそういう風に両耳から囁くので、まねしたのだ。リーマスは笑ってありがとう、と言った。
「ありがとう…ハリー、君のお父さんもそういってくれた。これは僕の誇れる唯一の特技だよ」
そんな親子二代に渡って愛されるリーマスのお茶は、心から癒されるし、寒さで硬くなった口も綻んでしまうようだ。正式に大臣たちに報告する前に、僕たちは二人にたくさんのことを喋った。特に話題になったのはネビルだ。僕たちは二人の秘密の猫のことを話すかどうか迷っていたが、結局話してしまった。だが二人は僕らが言う前に知っていたようだった。考えてみれば当たり前だ、あれでハリーは命を落としそうになったんだから、マクゴナガルが城に連絡をいれないわけないのだ。ネビルについてのアンブリッジの様子を言うと、シリウスたちも眉を寄せた。
「なんだか臭いな」
「そうだね…普通だったら喜びそうなものなのに」
「それで、双子を定期的に偵察に行かせようと思うんだ。ほら二人だったら子供たちと面識があるし」
ハリーは傍で紅茶を頂戴している双子に目配せした。双子はシリウスたちからの視線を受けると妙にかしこまった顔をする。だが、シリウスの眉根は寄ったままだった。
「偵察はいいが、その間のハリーのガードは誰がするんだ」
「僕、護衛なんていらないよ。自分の身ぐらい自分で守れる」
「そうはいかない」
シリウスは紅茶をぐいと一気に飲み干し、ため息をついた。リーマスも複雑な顔をしている。
「王と言う身分は思っているより危険なんだ。ヴォルデモート一味の残りかすがまだいるとは考えないのか?他の国の刺客がいつどこで狙ってくるかわからないだろ?」
ハリーは肩を竦めた。シリウスは慎重すぎるし過保護すぎると以前ハリーが言っていたときがあったが、そのときの表情が今も現れていた。僕はハリーの気持ちもわかるが、シリウスの言うこともわかった。ヴォルデモート一味の残党については、スリザリンの血が入っている僕のほうが情報を知っているのだ。今でも仲間を集めようとする奴らはいるし、地下牢に閉じ込められている奴らの一部は今でもたまに脱走しようとする。ハリーは守りすぎることというのがないのだ。
「パーシーがいるじゃないか。双子のいない間は彼に代わってもらったら」
「ああ、だがあいつは戦いよりは学術に向いているんだよな。護衛が勤まるかどうか」
「喜んでやってくれると思うけどね」
「そりゃな…だがフレッドとジョージの機転の良さには叶わないんだ」
双子は褒められてもふざけた態度をとっていたが、顔は本当に嬉しそうだった。

大臣たちへの形式ばった報告会が終わり、僕は自分の部屋のバルコニーに出た。暫くしたら晩餐会があるので着替えなければならないが、それまでは暇だった。北よりは少ない雪の上をくだり坂にはいった太陽がやんわりと輝く。ここから見る風景は僕のお気に入りのひとつだ。遠くを向けば山や民家が雪に覆われる様が、下を向けば白に飾られた庭が見える。
太陽は僕の人生を照らしていたし、人々は歓喜に迎えてくれるだろうと僕はそのとき何故か信じきっていた。全てが上手くいく気がしていた。目を瞑るとハリーが微笑むのが見える。それだけで心がふわりと浮かぶような気がするのだ。口元が緩んでいるのを感じながら目を開けると、なんとそこにもハリーが笑って立っていた。
「何を思い出し笑いしていたのかな?」
「い、いや、何も…バルコニーを伝ってきたの?」
「いいや、ちゃんとノックして扉から入ったよ。ちっとも気づかないから何してるのかと思った」
「何も、してないさ」
僕は変に声が上ずっていないか気にしながら答えた。ハリーはそんな僕をからかうように笑う。そして目線を外に向けると、目を細めた。
「大人は面倒くさいな。いちいち手順を踏まなきゃならないから」
僕が首を傾げると、ハリーが説明をしてくれた。
「ネビルのことだよ。何も気にせず連れて来れればいいんだけど」
「本当にお気に入りなんだな…」
「嫉妬する?」
「双子みたいなこと言うなよ」
ひんやりと冷たい風が吹いた。ここに暫く立っていたので、もう充分に寒い。だが僕たちは二人とも中に入ろうとはしなかった。冬の空気は澄んでいて、他のどの季節より綺麗な気がする。白い頬を寒さで赤く染めるハリーも綺麗だ。短い髪が風に揺れている。
「僕みたいだって思ったんだよ、ネビルを」
物語を語るように、ハリーはゆっくりと呟いた。息が白い。僕は静かに聞いていた。
「父さんが変装して僕に会いに来てくれたときも、僕はネビルと同じような気持ちになったし、一度だけ、ああいう風に縋りついたことがある。連れてってって」
「…そうだったのか」
「羨ましかったんだよ、君が。毎年クリスマスに家族に会うだろ?シリウスたちも大好きだったけど、でも僕だって父さんたちと、普通に過ごしてみたかった。普通に、幸せに」
ハリーがこのことをこんな風に語るなんて、あの戦争が終結した日以来かもしれない。ハリーは、特に父親のことを語るのを避けていた。何故なら僕が、父親を殺しているから。そんなこと気にしなくていいのだけれど。でも今は、リーマスの紅茶の効果がまだ続いてるのか、ハリーは構わず喋り続けた。
「だからネビルの気持ちがすごくよくわかるんだ。ネビルの寂しさが」
ハリーはそう言うと、一拍おいて僕の目をみつめた。少しだけはにかむようにして、
「でも、ドラコは年が明ければ帰ってきてくれたから。ドラコがいてくれれば、僕は寂しくなんてなかった。それが僕とネビルとの違い」
「ハリー…」
「これからも、一緒にいてくれるんだよね」
僕は自然にハリーの頬に手が伸びていた。空気に冷やされ、ひんやりとしたハリーの頬。ハリーは僕の手に自分の手を重ね、少し緊張した面持ちで僕を再び見つめた。
「当たり前だろ?」
婚約を解消しなければならない。そう、僕とパンジー・パーキンソンのだ。母上になるべく早く言いに行かなければ。ハリーは僕の答えに満足して微笑んだ。僕は決意を新たにしながら、そんなハリーに口付けを落とした。

「…何してるんだ」

そのままハリーを抱きしめようとしたとき、低く鋭い声が響き、僕らの時を止めた。
シリウスだった。シリウスは窓際に立ち、僕をぎらぎら睨みつけていた。そして次の瞬間、ハリーを僕から奪い取り、その力強い腕に抱いた。
「ドラコ、お前ハリーに何をした?」
「離して、シリウス!僕たち何も悪いことはしてない!」
僕より一瞬先に我に返ったハリーが、シリウスの腕の中でもがいた。だがシリウスはハリーを放さない。視線は僕をずっと睨みつけたままで、ハリーに答えた。
「ハリー、お前自分が何をされたかわかっているのか?」
「わかってるよ!だから言ってるんだ。これは僕が望んだことなんだよ」
そして初めて、ショックを受けたようにシリウスは僕から視線を外し、ゆっくりとハリーを見下ろした。シリウスの腕の力が弱くなったのか、ハリーは脱出に成功したが、すぐにまた腕を掴まれた。
「望んだ、だって?」
「そうだよ。だって僕は…」
ハリーはちょっと赤くなって、僕をちらりと見てから、
「愛してるから、ドラコを」
と言った。
シリウスはわなわなと震えた。僕もハリーも異様な気持ちでそれを見ていた。様々な感情が、シリウスの顔に激しく行き交っていた。どの感情をとっても、僕には到底理解できないものだろう。僕らの見ている中、ゆっくりと、震える手で顔を覆うと、シリウスはやっとのことで言った。
「ドラコ、お前は…お前は婚約が決まっている」
「いいえ、決まっていません。断ります。当然だろ?」
「断る?じゃあどうするつもりだ?マルフォイ家はどうなる?」
「養子でもとります」
「…だめだ」
まだ片手を顔に残したまま、シリウスは言った。
「だめだ。お前は子をなさなければならない。お前の、スリザリンの血を宿した子供を。お前は自分に兄弟がいないことを自覚していないのか?」
「でも、僕は」
「パーキンソン家にはスリザリンの血が混じっている。家柄も考えて、お前には最高の結婚相手だろう。それにハリー、お前もだ!」
顔を上げ、シリウスは掴んでいた手に力を入れた。ハリーがびくりと体を震わせる。冷たい風が僕らの周りに吹いていた。僕はこんなに悲しい怒り顔は見たことがないと思った。悲しく複雑で、泣きそうな怒り。僕は圧倒されていたが、でも、それでも僕らの主張を曲げるわけにはいかなかった。シリウスがどんな気持ちでここにいるかははかりしれないが、僕たちだってここまで来るのにたくさんの想いを抱えて、長い道のりを歩んできたのだ。ここで、シリウスの強さに負けてはいられない。
僕はハリーが好き、僕はハリーが好き。どんなことをしてもハリーの傍にいる。
「ハリー、お前はこの国の王だ。お前がこの国を大切に考えるなら、一番の仕事は世継ぎを作ることだろう!この国の永遠の繁栄を願うなら!お前は結婚するんだぞ!子供をつくるんだ!女との間に」
「シリウス…」
「この国は血がなければ守られないんだ!お前の血が必要なんだ!わかってるだろ!?」
僕の後ろで城下町が、美しく光に輝いている。ハリーの魔法で、ハリーの血で守られているこの国が。王位継承の儀式で見たあの光景を、僕たち3人は決して忘れていない。この国は本当に、ハリーがいなければ滅んでしまうのだ。ウィーズリーたちが笑い、母上が住み、ネビルが駆け回る、美しくて愛おしいこの国は。
だけど、それでも。
それでも僕は。
「シリウス、僕たちは…」
ヴォルデモートとの戦いで、僕たちは必死に戦った。僕は、父親を殺した。
でもそれはこの国を守るためじゃない。あのころそんな気持ちはほとんどなかった。僕たちの戦う理由はただひとつだった。
一緒にいたい、一緒にいたい。あのころのようにずっと、二人でずっと。
「僕たちはこの国なんてどうでもいいんだ」
シリウスはまたもや大きな衝撃を受けたようだった。何かを言おうとして僕を見たが、僕の気持ちが揺るぎないのを見て口を閉じた。
「…孤児院で何があったんだ」
シリウスが小さく言った。僕たちは目を交わし、全てをシリウスに話すことにした。



NEXT



モドル



2style.net