「暇だ。」
静かな部屋に、一番のトラブルメーカーの声が響いた。
聞こえなかったフリをできればよかったものを、生憎静まり返っていた部屋ではそんな言い訳が効くはずもなくて。
彼以外の3人は、それぞれ顔を上げて声を発した人物を見た。
鉢屋三郎、その人である。
「暇だって言われてもなあ・・・外は雨だし」
そう、外は雨。
本来なら今日は野外演習の予定だった。
多少の雨なら問題ない程度のものだったが、残念ながら外はバケツをひっくり返したような雨。
これでは流石に演習は中止となり、5年生は思わぬ休みをもらえることになったのだ。
「折角思わぬ休みが入ったというのに、こんなところで男4人、じっとしていてもつまらなくないか?」
「それは三郎が、でしょ」
小さく息を吐いて答えたのは雷蔵だ。
同じ顔をした(正確には自分が顔を貸している)友人は、時折…否、度々とんでもないことを言い始める。
それに巻き込まれるのは決まって自分か残りの二人のどれかで、言い始めた張本人は美味しい思いしかしないのだ、いつも決まって。
今日は読み残していた本でも読もうと思っていたのに。
はあ、と小さく息を吐いて栞を挟んだその本をパタンと閉じた。
「流石雷蔵、よく分かってるじゃないか」
「どうせ反対したって巻き込まれるじゃないか」
「だって私、暇なんだ。」
「俺今日こそは委員会の報告書書こうかと思ってたんだけどな」
「珍しいことをしようとするな、ハチ。そんなことをするより、遊んだ方が断然楽しいぞ?」
報告書なら後で兵助が手伝ってくれるだろう、とつぶやいた三郎にそれまで苦笑して様子を見ていた兵助が何で俺が、と小さく抗議したのは言うまでもない。
「それで、今回は何だ?」
観念して筆を置いた竹谷に満足そうに笑って3人を見渡した三郎は口を開く。
「かくれんぼでもしないか?」
一瞬かくれんぼぉ?と拍子抜けしそうになった一同だったが、三郎の表情を見てその考えは一気に消えてなくなった。
あれは、何かを企んでいるときの顔だ。
雷蔵にはあまり見られない。(というか見たことがない)
何かあるに違いない『かくれんぼ』に、3人は揃って小さく息を吐いたのだった。
「普通のかくれんぼじゃ面白くないから、少し制約を追加しようじゃないか。
場所はこの雨だし、室内のみ。
私達は忍だからね、仕掛けは有り。
ただし、大怪我が予想される武器なんかは使用不可。
鬼は一人で、鬼に見つかって触れられた時点でお終い。触れられなかったら捕まったことにはあらないから、逃げてもいい。
捕まった奴はそうだな…この部屋に戻ってくる、っていうのはどうだ?」
「鬼はどうやって決めるんだ?」
「くじをしよう。四本あるから一本引いてくれ。まだ先を見るなよ?先に印があれば当たりだ。」
手早くその辺にあった紙を四等分してくじを作ると、3人の前にそれを差し出した。
3人が引いたところで残りの一枚を三郎が取る。
もちろん先は見えないようにして、だ。
「鬼が誰か分かっていたらつまらないから、適当な場所までそれぞれ今から逃げる。
くじを見るのは一分後だ。
鬼だった奴が探し始めるのもそこから。」
「制限時間は?」
「この授業の終りの鐘が鳴るまで。
あああと、最後まで残った奴には残りの3人に何でも命令できる、なんてどうだ?
全員見つかってしまった場合には逆ってことで。」
恐らくこれが言いたかったに違いないと、その場の全員が思った。
その証拠に三郎が笑っている。にやにやと、楽しそうに。
もし三郎が勝ったときの事を考えてみる。
きっととんでもないことを命令されるに違いなかった。
もし、三郎が鬼だったら…。
3人は顔を引きつらせた。
三郎はそれを見て、満足そうに笑っていた。
「じゃあ、今から1分後に!散!」
三郎の言葉で、全員がそれぞれ散った。
片手には未だ開かれていない白い紙。
お願いだから鬼は三郎か自分以外であってくれ、と思いながら。
「…俺じゃない。」
正確に測ってはいないが、さっきから1分は経過しているだろう。
自身の教室の天井裏で握り締めていた紙を開いてその先に何も印がないのを確認すると、兵助はほっと息を吐いた。
自分が鬼じゃないなら、鬼は自分以外の3人のどれか…つまり、ハチか三郎か雷蔵、ということになる。
お願いだから、ハチか雷蔵であってほしいと思う。
本当に何を命令されるか分かったものじゃないのだ。
自分に自信がないわけではないが、三郎から隠れて逃げ通すのも中々に難しいだろうし。
とりあえず気配を完璧に消して、下の様子を天井板の隙間から垣間見る。
今のところ異常なし、だ。
そのまま兵助は息を潜め気配を絶つ。
授業の終りまであと半刻ほどある。
できればこの場で大人しく隠れていられたら。
その考えは、ほんの十数分で断ち切られることとなった。
(!ハチ、か)
音を立てて開かれた扉に反応して僅かな隙間から下を覘いてみれば、そこにはよく見知った親友の姿。
きょろきょろとあたりを見渡して誰かを探している風だ。
恐らく自分だろう。
となると鬼はハチか、と考えたがもしかするとそうではないかもしれない。
何にせよ警戒するに越したことはないだろう。
特に竹谷は鋭いのだ、生物委員で様々な虫を毎回捕獲するものだから、異常に気配や小さな物音に。(あと匂いとかの動物的勘も侮れない)
さっきより更に身を潜めて、兵助は竹谷が去るのを静かに待った。
「よかった、僕じゃない」
所変わって、此方は雷蔵。
紙を見て、ほっと息をつく。
とりあえず適当に逃げて着いた場所は見知った図書室だった。
委員会でほぼ毎日のように訪れるから、足が自然に動いたのか。
その事実に、少しだけ苦笑して辺りに注意を払いながら身を潜める。
辺りには気配はない。
最も、気配を垂れ流すほどの馬鹿はいないわけで、それを感知するには相当の集中力が必要なのだが。
「僕が鬼じゃないなら、三郎かハチか兵助が鬼、ってことだよね」
あの教室で散った時点で、4人は綺麗に4つに別れていた、と思う。
ここに来る途中も、誰にも会っていないし気配も感じなかった。
他の学年は授業中のため、校内は酷く静かだ。勿論この図書室も例を見ない。
さてどこに隠れようかと迷っているうちに、気付いたときにはもう遅かった。
いたのだ、もう一人。
自分と同じ顔をした、親友が。
「・・・三郎、」
念のため間合いを取る。
もしかすると三郎が鬼である可能性だって0じゃない。
捕まるのは御免だった。
「やっぱり、雷蔵はここに来た」
どうやら、単純な自分の考えは相棒にはすっかりお見通しだったらしい。
口元に笑みを浮かべて、愉しそうに三郎は告げる。
間合いが詰まることはない。お互いに離れたままだ。
「…三郎は、鬼?」
「そういう雷蔵は?」
「三郎が答えないなら言うつもりはないよ」
「じゃあ私も言わない。」
埒が明かない。
この相棒相手に駆け引きなどしようとしたのがそもそもの間違いだったか。
相変わらず三郎は笑っていて、その掌にはまだあの紙が握られている。
「…分かったよ、答える。僕は鬼じゃない」
懐に仕舞っておいた紙をひらひらと相手にかざす。
もちろん白紙だ。
三郎はそれに満足そうに笑うと自身も紙をひらひらとかざした。
その紙は、白紙。
「私も鬼じゃない」
その言葉にほっと息をついた。
三郎が鬼じゃないなら、残りの可能性は兵助か竹谷だ。
彼らなら、もし此方が負けたとしても無理な要求をしたりはしないだろう。
精々豆腐をくれ、やら虫探しを手伝え、だ。
「よかった、三郎が鬼じゃなくて」
「どうして?」
「厄介だからに決まってるだろ。一回自分の胸に聞いてみなよ」
「雷蔵はたまに厳しいな。さて、じゃあ」
にっこりと、自分の顔をした三郎の笑みが深くなる。
嫌な予感がする。
ひやり、と冷や汗をかいて自身の足が地を蹴るのと、三郎が間合いを詰めたのはほんの一瞬の差だった。
「雷蔵、つーかまえた。」
やられた。
懐からもう一枚白い紙。
そちらにははっきりと墨で書かれた印がついていた。
不破雷蔵、ゲームオーバー。
「…兵助、いるんだろ」
突然自分の名を呼ばれて、兵助は更に息を潜めた。
かくれんぼの最中にいるか、と聞かれて「はーい、いまーす」なんて答える馬鹿がいるわけない。
誰が鬼か分からない以上、見つかるわけにはいかない。
幸いなことにまだ竹谷は自分の位置までは特定できていない。
この教室に隠れていると分かったのは、ただの勘か。
多分そうだろう。
「あーあ、仕方ねーな、このままじゃ豆腐が」
豆腐、という言葉に思わず反応。
小さく動いたつもりだったが、物音を立ててしまった。
やっぱり、とにんまり笑みを浮かべて竹谷は上を見上げる。
「出て来いよ、兵助。俺は鬼じゃない」
嘘がつけない男だとは分かっていた。
これがもし三郎だったら。
三郎だったら、気付かれた時点で真っ先に逃げていた。
彼の演技力は、半端ないものだから。
仕方ない、と天井裏からすたっと降り立つ。
一応間合いを取ることも忘れずに、だ。
「やっぱり兵助はここにいた」
「どうせ勘だろ。」
「分かった?てか隠れてるってことは兵助も鬼じゃないんだよな?」
「ああ、俺の紙は白紙だった。ハチも違うなら、残りは雷蔵か三郎だ。」
「俺の勘では、三郎」
「俺もそう思う。」
「で、雷蔵は真っ先に捕まるに一票」
「俺も、そう思う」
伊達に5年間一緒に過ごしてきていない。
何となくパターンは読めている。
こういうとき、一番得するのは決まって三郎だ。
「罠でも仕掛けるか」
「そんなことしたらここに隠れてますって言うようなもんだろ。普通に隠れて、時が過ぎるのを待つ方が得策だ」
「裏の裏をかいて、罠を仕掛けてその先には隠れない、というのは?」
「三郎は俺達の裏の裏の裏までかいてくるだろうな」
「だよなあ。あと十五分か…」
「今のところ近づいてくる気配はないし、さっさと隠れた方が良くないか?」
「そうそう、さっさと隠れた方がいい。」
「ああそうだな、…って、」
しまった来たか、と気配もなく現れた親友に舌打ちした。
同じ顔をした親友がもう一人いるが、性格は正反対。捕まると厄介な方だ。
逃げるしかない、と一瞬ハチと目を合わせて小さく頷く。
扉は三郎にふさがれているから、逃げるとしたら後ろの扉か天井裏か、廊下に通じる窓か。
外に逃げることは禁止されているから、必然的に出口は限られてくる。
こういうことなら、さっさと天井裏に潜っとくんだった。
「私が鬼だという確証はないだろう?」
「嘘付けお前の顔見たら分かるんだよ馬鹿!」
「酷いな、ハチ。この通り紙は白紙だったっていうのに。」
ひらひらと掲げられる紙は、確かに白紙。
ハチはあんぐりと口をあけた。
「じゃあ、鬼は雷蔵か?」
「そういうことになるな。」
「何だ、三郎じゃなかったのかよ…」
ほっと息を吐いたハチに、一瞬で三郎が間合いを詰めた。
「…っていうのは嘘で、私が鬼だよ」
にっこり、いやーな笑みを浮かべて三郎がハチに手を伸ばす。
ハチには悪いけど、まだハチより三郎と少し距離があった俺は逃げた。
触られなければいいんなら、まだ俺は大丈夫だ。
あと十数分、三郎から逃げ切るのはかなり骨が折れるけど仕方がない。
足には自信がある。
後ろから追ってくる気配を感じながら、廊下を全速力で駆け抜けた。
「…ハチ、」
思いっきり膨れた顔で部屋に戻ってきた親友に、思わず苦笑した。
この様子だと三郎にだまされて捕まったんだろう。
どかっと僕の横に座った。
「あいつ、また人をだましやがった。」
「三郎にとっては癖みたいなものだから」
「平助、逃げ切れるといいけどな」
「うん、そうだね」
いつの間にか、雨は上がっていた。
きらきらと陽の光で雨粒が輝く。
兵助があと数分というところでむくれて部屋に戻ってきたのは、それから少し先のことだった。(その後ろでは三郎がにやにや笑っていた!)
かくれんぼ。
(やっぱり思ってた通りだ!)(ははは、何のことだか)
おけま。
「さて、何を頼もうかな」
「お前絶対変なこと頼む気だろ!」
「ほどほどにしてね、頼むから」
「お前達は私をどれだけ非道な人間だと思っているんだ?」
「三郎が勝ってろくな目に遭ったためしはないけどな」
「うーん…あ、決めた!
これを潮江先輩のところに持っていってくれないか」
「何だこれ、封書?」
「まあ中身は渡して開いてもらえば分かるだろう。頼んだ!」
「何だ、今回は簡単じゃないか」
「そうだね、渡すだけだし」
その中身が学級委員長委員会の無茶苦茶な予算書で、揃って渡しに行った3人がこっぴどく叱られた上追いかけられたのはまた別のお話。
5年生はね!
なんかもうほんとなかよしだといい^^